富士山と宗教(20) 八合目から頂上は県境なし。土地未登記の「異界」
最高裁判決から30年を経て
こうして富士山八合目から山頂にかけての土地は法的に富士山本宮浅間大社の所有と認められたわけだが、実際に国から譲与の手続きが行われたのは平成の世の中になってからだった。平成16(2004)年12月に東海財務局は富士山本宮浅間大社に対し、富士山八合目から頂上までの土地について気象庁と環境省、国土交通省所管の敷地を除く約385万平方メートルの譲与を通達した。 昭和49年の最高裁判決から30年が経っていたわけで、時間がかかった理由について財務省は当時の文書の中で「最高裁判決を受け富士山八合目以上の土地を早急に浅間神社に譲与すべきであるとして処理を進めていたが、静岡県と山梨県との県境が未確定の部分があり、登記ができない状況であったため手続きが遅れていた」とし、譲与の手続きが遅れた理由として県境問題をあげている。 富士山頂の譲与にあたっては、文化財保護法の規定により文化庁長官の同意を得て行われたが、その際、地元自治体の教育委員会に意見を求めている。静岡県教委が「移転しても名勝富士の価値を維持する環境に変化はない」と回答したのに対し、山梨県教委は「判決に従うことはやむを得ない」としつつ富士山は日本の象徴であり国民的資産であるとして国有地にすべきと表明、富士山八合目から上の土地の譲与に対して静岡県と山梨県の間には明らかに温度差があった。そして今日まで依然として静岡と山梨の県境は確定しておらず、富士山八合目から山頂の土地は未登記の状態が続いている。 ◇ 富士山と宗教のかかわりについて見てきた。富士山をめぐる信仰は、時代、時代の政治や権力とも密接に結びつき、近世以降は信仰の大衆化にともなって多くの庶民が富士山を訪れるようになった。戦後は政教分離により、宗教は法人化し、八合目から上は一宗教法人の富士山本宮浅間大社の所有と確定したが今日まで登記は行われておらず、県境も確定していない。 そして2013(平成25)年に富士山は「信仰の対象と芸術の源泉」としてユネスコの世界文化遺産に登録された。今日、世界から多くの人たちが富士山を訪れ、富士山周辺では新興宗教を含む様々な宗教団体が活動している。宗教、権力、文化、大衆…さまざまな人や物が富士山とかかわり、富士山を取り巻く状況も時代、時代ごとに変化してきたが、富士山はあらゆるものを吸収し、なお自然の美しい容姿をたたえてそびえている。 (終わり) この連載はフリーライター・三好達也が企画、取材、執筆しました。