固唾をのんで見守るウクライナ、ロシア、イスラエル、イラン――米大統領選「トラorハリ」でふたつの戦争はどうなる!?
■議会が共和党優位ならハリス政権は前途多難 ウクライナとロシアの戦争に関しては、大統領がどちらになるかに加えて、大統領選と同時に行なわれる連邦上下院議会選が重要な意味を持つ。基本的に超党派の合意を得られるイスラエル支援とは違って、ウクライナ支援の是非はすでに議会の対立の火種になりつつあるからだ。 前出の渡瀬氏が解説する。 「まず、上院は共和党が最低でも51、民主党は49以下で共和党優勢になる可能性が高い。一方、下院は互角で予想が難しい情勢です。仮に下院でも共和党が勝つと、トランプ政権ならやりたいことがなんでもできる。逆にハリス政権になった場合、いきなり行き詰まって何もできない状態になりかねません」 ハリス政権はウクライナ支援に関し、バイデン政権の路線を継承する見込みだが、前出の菅原氏も「見通しは明るくない」と指摘する。 「現在の民主党は左派が強く、プーチンに妥協することなど当然できません。ハリス自身も元検事ですから、国際的な犯罪者プーチンに対して戦う姿勢を打ち出すでしょう。 しかしながら、議会で共和党となかなか折り合いがつかないとなると、今の路線を続けられるかどうかもわからない。かといって党内の予備選を戦っていないハリスが、民主党の従来路線から外れるような大胆な施策を打ち出せるはずもない。相当厳しい船出になると予想します」 アメリカの姿勢がこのような〝弱めの現状維持〟だった場合、戦争はどうなっていくのか。前出の二見氏が言う。 「泥沼の戦いがずっと続きます。ポイントはNATO(北大西洋条約機構)が中心となって、どこまでウクライナを支援し続けられるか。団結力が試されます。戦争を終わらせる和平に当たっては、『力による現状変更が容認されることがあってはならない』という問題をどのような形に収めていくかが課題となります」
■「すぐに終わらせる」トランプ発言の現実度 一方、トランプは「もし自分が当選すれば、ウクライナとロシアの戦争はすぐに終結させる」と豪語している。しかし、それは就任した瞬間にウクライナ支援から手を引くという意味ではないようだ。 前出の渡瀬氏が言う。 「共和党の安全保障の基本原則は『力による平和』です。プーチンと話をつけようとするなら、モスクワを攻撃するぞといった姿勢さえ見せずに交渉などできないと考えるのが自然でしょう。 最近、ウクライナのゼレンスキー大統領はアメリカに対し、モスクワを射程に収める長距離ミサイルの使用許可を求めています。バイデン政権はこれに慎重な姿勢を崩していませんが、実はトランプの政策アドバイザーであるAFPIは、半年ほど前にそれを許可するべきだという論考を出しているんです。 これらのことを踏まえると、私はトランプ政権になった直後、長距離ミサイル使用許可のニュースが最初に出てくるのではないかと予想しています。あるいは、トランプに手柄を取られたくないバイデンが、退任前にそれを許可する決断をするかもしれません」 ただし、このことでウクライナ軍がすぐに戦況を大きく改善できるわけではないと前出の二見氏は言う。 「射程250㎞のストームシャドウ、300㎞のATACMS、500㎞のタウルス、F-16戦闘機から発射可能な射程370㎞のJASSMなどが対露本土攻撃に使用できれば、打撃力は格段に向上します。しかし数量が限定されるので、露軍の戦争継続のための各種施設、部隊を破壊し、その効果が出るまで1年はかかります」 この事実は、短期決戦を望むトランプの意向とは合致しないようにも思える。前出の菅原氏はこう語る。 「だから、『この地域をこの時期までに取り戻せ』といった形で、ウクライナへ明確に条件を突きつける形になるでしょう。これは戦争継続のためではなく終結させるための支援だ、というわけです。 プーチンからすれば、早く停戦させたいトランプがロシアにとっていい条件でまとめてくれるなら、当面はそれでいいと考えるかもしれません。 しかし、経済制裁も含めて根本的にロシアとアメリカ、欧州との関係が元どおりに近いところまで改善するためのハードルが相当高いということについては、プーチンは冷静に見ているでしょうから、そう簡単にはいかないのではないかとも思います。 結局のところ、トランプは欧州の安全保障にはあまり関心がない。自分たちのことは自分たちでやれというスタンスで基本的には孤立主義の方向に向かいつつ、一番の敵である中国をにらんで〝強いアメリカ〟をつくるための軍拡をするんだろうと思います」 各国の命運を大きく左右する大統領選は間近だ。 取材・文/小峯隆生 写真/米陸軍 ウクライナ大統領府 共同通信社 時事通信社