〝安楽死〟は家族のため―― 「死にたい」娘のエゴ、「生きてほしい」親のエゴ 涙ながらに口に入れた致死薬
心に浮かぶ両親 でも「私は安楽死します」
安楽死当日、安楽死団体「ライフサークル」(現在は新規会員の受け入れ終了)の施設で、代表のエリカ・プライシック医師と最後の意思確認が行われ、父親も同席した。 「心の準備はできていますか」と尋ねるプライシック医師に対し、くらんけさんは「まだ迷っています。自分1人だけならば100%死にますが、どうしても両親の顔を浮かべてしまいます」と涙をこぼした。 ここでプライシック医師は、父親に意見を求めた。 「親が娘の安楽死を許さないのがエゴなのか。それとも娘が死にたいと思うことがエゴなのか。お父さんはどう思いますか」 「少しでも生きる可能性を見出してやる。それが親の務めです。日本ではその責任もあるし、そういう社会です」 答えを濁す父親に対し、くらんけさんは苛立ちや悔しさから慟哭し、怒気を含めて言った。 「もう回答になっていない。私は安楽死します」
涙ながらに致死薬を口に 強く手を握る父親
安楽死の準備が整った。くらんけさんは父親の手を借りて、リクライニング式のベッドに上がった。 傍らに立った父親は「再生医療とかいろいろ試したかったけれど、それを待つにはもう先が長すぎるかもしれないね。あなたの気持ちを尊重するよ」と言った。そして、娘の手を取り感謝の思いを告げた。 「パパの娘で生まれてくれてありがとうね」 一瞬たりとも娘の姿を見逃すまいとする父親の視線に、くらんけさんは「パパ、恥ずかしいから、あんまり、じろじろ見ないでよ。みんなによろしく、と伝えてね」と精一杯の笑顔で返す。彼女の目からは、大粒の涙が溢れていた。 スイスでは医師が患者に薬物を投与して、死に至らせる行為は禁止されているため、処方された致死薬を、患者本人が体内に取り込む必要がある。 くらんけさんは、プライシック医師から処方されたコップに入った致死薬入りの液体を、ストローで吸い込んだ。口の中で1滴、2滴と強い苦みが広がっていく。「やっと楽になれる」。 父が娘の手を握り、目を真っ赤にしながらもその最期を見届けようとしていた。 くらんけさんはその時ふいに、痛いほど自分の手を強く握る父親の気持ちを想像して、いたたまれない気持ちになった。さらには日本に残してきた母親や2人の姉、かわいがっていたペットの顔が走馬灯のように甦り、急激な罪悪感に襲われた。それ以上、涙でむせて、致死薬入りの液体が飲み込めなくなった。