朝ドラ『虎に翼』桂場等一郎の名判決文は実際に存在した? 無罪判決の内容と司法大臣の暴言とは
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』第5週「朝雨は女の腕まくり?」では、昭和初期の日本を揺るがす大事件「帝人事件」をモデルにした「共亜事件」に巻き込まれた寅子の父・猪爪直言(演:岡部たかし)ら16人の被告の裁判が展開されてきた。今回は実際の帝人事件の判決文や関係者の発言から、当時の闇を解説していく。 ■強要された自白を覆して無罪を主張する弁護人たち 朝ドラ『虎に翼』では、主人公・猪爪寅子(演:伊藤沙莉)ら法律を学ぶ学生の地道な努力と機転、そして弁護人を引き受けた穂高重親(演:小林 薫)の冷静で的確な弁護が裁判の行く末を大きく変えた。 裁判では被告人らの証言や、弁護人側による矛盾の指摘によって、検察側の高圧的で傲慢な態度と自白を強要させ、人権を蹂躙するような捜査が白日の下に晒される。そして、昭和11年(1936)12月、公判は結審となり、全員に無罪が言い渡された。 「検察側が提示する証拠は、自白を含めどれも信憑性に乏しく、本件において検察側が主張するままに事件の背景を組み立てんとしたことは、『あたかも水中に月影を掬いあげようとするかのごとし』。すなわち、本件判決は証拠不十分によるものではなく、犯罪の事実そのものが存在しないと認めるものである」 この判決文を書いたのが、桂場等一郎(演:松山ケンイチ)で、穂高はそれを見抜いて「名判決文だった」と絶賛した。 ■帝人事件の結審と被告人らを傷つけた検察側の横暴 さて、ここでモデルになった「帝人事件」ではどうだったかをご紹介しよう。帝人事件は昭和12年(1937) 12月16日の第266回公判において最終的な判決が下された。じつは「あたかも水中に月影を掬いあげようとするかのごとし」という名文句は、実際の帝人事件の判決文でも記載されている。また、「証拠不十分ニアラズ、犯罪ノ事実ナキナリ」と、一連の起訴内容が事実無根で、検察側の捏造であったことを強調するような一文も存在する。 この判決文を書いたのが、左陪席裁判官としてこの裁判に関わっていた石田和外(いしだかずと)だった。東京帝国大学法学部卒業後、刑事裁判官となった石田は、世間が注目したこの裁判の判決文で一躍その名を知られるようになったという。 検察側は控訴することなく、無罪が確定。不当な拘束具の使用や、精神的・身体的に追い詰めて自白を強要するようなやり方は世間からも、そして議会でも激しく非難されたが、残念ながら司法省(現法務省)内での責任問題はうやむやにされてしまった。 当時の司法大臣である塩野季彦は、この判決を受けても「事件は半ば真実で、半ば架空であると思う」と述べ、さらには「このような闘争は速やかに終わらせることが国家のためにも司法省のためにも良いだろうと判断した」と口にしたという。この発言は被告人らの心を深く傷つけた。 今も昔も、最終的に無罪さえ勝ち取れればハッピーエンドというわけにはいかない。昭和10年(1935)6月22日の開廷から昭和12年(1937)12月26日の無罪判決まで、公判の数は266回に及ぶ。そして2年半もの間、被告人らとその家族、親族は苦しみ続けた。無罪判決が出たあとも、「じつは犯罪行為に手を染めていたのでは」と噂されることもあったという。 ドラマでは家族や仲間との絆が一段と深まり、寅子自身の「法律とは」「弁護士とは」という考えに大きな影響を与える形で大団円を迎えたが、史実を振り返れば昭和初期の政財界の権力闘争や軍部の思惑、そしてメディアによる世論の過熱など様々な問題が見えてくるのである。 <参考> ■NHKドラマ・ガイド『虎に翼』(NHK出版) ■筒井清忠編『昭和史研究の最前線─大衆・軍部・マスコミ、戦争への道─』(朝日新聞出版)
歴史人編集部