羊飼い兼業作家・河崎秋子氏、自伝的エッセイ『私の最後の羊が死んだ』インタビュー 「食べたものや経験も含めた身体そのものを信じてやれることをやるのが一番だと思う」
ただしそうした経験が、人間の業や自然との相克に緊密な文章で肉薄し、骨太とも称される作品群にどう影響しているかは、自身も〈分からない〉と書く。 「その相関を詳らかにして、意識的に書くと、かえって嘘を書きそうな気がするんですよ。自分が羊を飼い、動物を実際に捌いたりした経験に依存すればするほど、小説が嘘臭くなるというか。 例えば走る前に幾ら肉やサプリを摂取しても効果の程はわからない。だったら自分の食べたものや経験も含めた身体そのものを信じ、わかんないままやれることをやるのが一番だと思って、突き進んではいます」 育てた羊を肉として出荷する者の矜持と、自ら〈脳みそフリット〉を調理し食した時の、北海道弁で〈いずい〉としか言い難い感覚の両方を誠実に描き、虚飾を悉く嫌う河崎氏は、〈自分は世界のどの位置を占めるのかを考えるように〉という恩師の言葉に擬えるなら、小説を自らの役割に選んだ。 「人の胃袋に訴えることはもうできないんですけどね。思わぬところで思わぬ人の心を打つ可能性がもし小説にあるならば、それを書き続けていくのが自分の役割だと、今は思っています」 少なくとも〈自分がどこに出しても恥ずかしくない食べ物を作れた、という事実は、私の中ではやはり大きな誇りだった〉と書ける著者の過大でも過少でもない自信のあり方は、それを消費するだけの者にとって眩しいことこの上ない。 【プロフィール】 河崎秋子(かわさき・あきこ)/1979年北海道生まれ。北海学園大学経済学部卒。2002年NZに渡り、2004年より実家の敷地内で羊飼いに。2009年より小説を本格的に執筆、2012年「東陬遺事」で第46回北海道新聞文学賞、2014年『颶風の王』で三浦綾子文学賞と2015年度JRA賞馬事文化賞、2019年『肉弾』で第21回大藪春彦賞、2020年『土に贖う』で第39回新田次郎文学賞、2024年『ともぐい』で第170回直木賞を受賞。他に『絞め殺しの樹』『清浄島』『愚か者の石』『銀色のステイヤー』等。 構成/橋本紀子 ※週刊ポスト2024年11月29日号
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