俳優・大西信満、熱意ある後輩たちを“経験”でサポート。過去には企画、製作、上映まで…「強い思いは伝播する」
2003年、『赤目四十八瀧心中未遂』(荒戸源次郎監督)で映画初主演を果たし、2008年に公開された映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』で初タッグを組んで以降、若松孝二監督作品に欠かせない存在となった大西信満さん。 【写真を見る】裏方時代に“理不尽な仕打ち“を受けたと明かす大西信満さん 2013年、自ら映画化を熱望した『さよなら渓谷』(大森立嗣監督)に出演。映画『祖谷物語 おくのひと』(蔦哲一朗監督)、映画『ろくでなし』(奥田庸介監督)、映画『柴公園』(綾部真弥監督)などに出演。 現在、Disney+にて配信中の『フクロウと呼ばれた男』に出演。映画『東京ランドマーク』(林知亜季監督)が新宿K’s cinemaで公開中。
初めて自ら映画化を熱望
若松監督の遺作となった『千年の愉楽』と同じ2013年、大西さんは映画『さよなら渓谷』に出演。この作品は、過去の性的暴行事件の被害者(真木よう子)と加害者(大西信満)でありながら、一緒に暮らす男女の複雑な心情を繊細に描いたもの。大西さんは、初めて自ら映画化したいと大森立嗣監督に話したという。 「自分でやりたいというか、企画から立ち上げて全部セットでと。これは荒戸(源次郎)さんからずっと言われていて。『みんな撮影は大好きだけど、撮影しか好きじゃない。でも、撮影するためにはきっちり準備しなきゃいけないし、撮影でどんなにいい画が撮れても、ちゃんと宣伝・配給に力を入れなければ、どんないい作品だって誰も見てくれないんだよ』って。僕らは毎日言われて育ったので、そういうのがあって。 もちろん声をかけていただいた作品に対して、どれだけ真摯に挑めるかというのが自分の職分であることはわかっているんですけど、たまにはそういうのを思い出すというか。『さよなら渓谷』は、自分たちからやってみようと動いた感じです」 ――大森監督も同じ考えだったのですか? 「そうですね。1年のうち362日か363日、何年間か毎日顔を合わせて、毎晩酒を飲んでいた関係なので、自然といろんな話をしていくなかで、大森さんも当時はまだ『ゲルマニウムの夜』と次の『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』を撮ったぐらいで、まだ今みたいにいろんな作品を撮る前だったし、自分自身も仕事が安定している状況ではなかった。 そういう状況のなかで、自分たち発信で何かやりたいよねって話していて、いろんな本を読んで、『これはどう?あれどう?』というなかで始まったのが『さよなら渓谷』です。 でも、これは自分たちだけの力じゃなくて、本当に運も縁も味方してくれて…たまたま自分たちの話に心から乗ってくれる高橋樹里さんというプロデューサーに出会うことができて、彼女がいろんなところに働きかけてくれたんですよね。のちには森重(晃)さんや村岡(伸一郎)さんも加わってどんどん加速していって。 もちろん権利の問題とか、いろいろあったんですけど、タイミングとかうまくいくのが重なって。毎回毎回そうじゃないというのももちろんわかっているし、いかにそれが“運”にも“人”にも恵まれていたかというのも、今考えれば本当に思うし、そういうなかで完成した作品です」 ――高校時代にあった集団性的暴行事件の被害者と加害者でありながら現在は一緒に暮らす男女ということで、非常に複雑で難しい題材だったと思います。大西さん演じる俊介は、およそ性的暴行事件など起こすような人には見えない。それだけに集団心理の怖さも感じました。 「本当に原作が完璧で、細かな心理描写など吉田修一さんの本に全部描かれていました。もちろん小説と映画は別物ですし、現場のなかで生まれてくるものが大切なんですが、基本軸みたいなものが設計図としてちゃんとあって。 原作を読んだときの感覚さえ抜けないように維持していれば、脚本が多少変わろうが何もブレないというか。具体的には、真木さんとの距離感という軸はちゃんとしているので、自分たちがしっかり演技に集中できてさえいれば、あとはうまく周りが撮ってくれるという信頼関係のなかでやっていた感じです」 ――真木さん演じるなつみは、事件の被害者となったことでその後の人生が悲惨極まりないものになります。婚約しても破談になり、仕事も続かず、新たな恋人からはひどいDVを受けている。それを知ったら、自分が何とかしなければいけないという心理になりますよね。 「そうですね。ただ、撮影をしていた約10年前と今では、日々報道されるさまざまな問題に対する社会の認識や人々の意識が全然違いますよね。 令和の今なら、また違う捉え方をされるかもしれないし、自分の感覚としても、もしこの作品が明日クランクインするとしたら、自分の演技もまた変わってくるのかもしれないと思ったり。 どの作品でもそうですけど、その時代のその空気感のなかで撮っているわけで。社会との繋がりを感じられない映画はなかなか受け入れてもらえないし、移ろいが激しい時代のなかで、いかに変わらない芯のようなものを映画のなかに見いだせるか。 だから、過去の名作であっても、今の若い人が見たら批判的な人が多いという作品もあるだろうし、あるいは逆に当時は誰もピンと来なかったけど、何十年か経って誰かが見たら、『これ実はすごい映画なんじゃないか』みたいなこともあると思うし、映画って常にそういう存在だと思っています」 『さよなら渓谷』は、第35回モスクワ国際映画祭で審査員特別賞受賞をはじめ、国内外で数多くの映画賞を受賞して話題を集めた。