俳優・大西信満、熱意ある後輩たちを“経験”でサポート。過去には企画、製作、上映まで…「強い思いは伝播する」
社会派作品から柴犬のパパに
『さよなら渓谷』と同年、映画『祖谷物語 おくのひと』に出演。この作品は、日本最後の秘境と言われる徳島・祖谷(いや)を舞台に、都会からやってきた若者と人里離れた大自然のなかで暮らす人々の交流を通して、その地に根ざして生きていくということを描いたもの。大西さんは、東京から祖谷に流れてきた青年・工藤役を演じた。 ――降りしきる雪のなかでの水運びや農作業のシーンもあり、撮影は大変だったのでは? 「あれは環境面での大変さですよね。1年かけて3週間×春夏秋冬、四国まで行って撮影していたので、スケジュール的にも、都会の便利さに浸りきっている自分としては体力的にも大変ではありましたけど、内面がそんなに追い詰められるということではなかったので。 どちらかと言えば景色のほうですよね。『監督、景色ばかりで芝居見てないでしょ』みたいな感じで(笑)。景色と、本当に一瞬のその日の具合とかで1日費やしているとか。でも、今思うと、それはそれですごく贅沢な時間だったと思います。35ミリ(フィルム)で自然を相手に…本当に贅沢でしたね。すごく好きです」 2017年、映画『ろくでなし』(奥田庸介監督)に主演。この作品は大都会の片隅で追い詰められ暴走していく、ろくでなしの男たちの人間模様を描いたもの。大西さんは、渋谷の街で出会った優子(遠藤祐美)に一方的に運命を感じ、彼女の働くクラブの用心棒になる主人公・森永一真を演じた。 「あれは見方によってはストーカーなので、今だったらどう受け取られるかなっていうのは、ありますよね。奥田庸介監督は、自主映画でたしかな実績を残していましたけど、まだそんなに商業映画は撮ってなくて、2本目ぐらいだったんですよね。 しかも低予算で限られた人数でというなかで、渋川(清彦)さんとも当時話していましたけど、奥田監督のやりたいように、精一杯彼が表現したいものが撮れたらと思ってやっていました。あの作風や風貌からは想像できないくらいの繊細さがあって、とても作品に真摯で。彼の最新作である『青春墓場』も本当にすばらしかったし」 2018年、映画『止められるか、俺たちを』(白石和彌監督)に出演。この作品は、1969年、何者かになることを夢見て、若松孝二監督(井浦新)の若松プロの門を叩いた、当時はまだ珍しかった女性の助監督・吉積めぐみ(門脇麦)の目を通して、若松監督と若松プロのメンバーの映画人たちの生きざまを描いたもの。大西さんは、若松プロで監督デビューした大和屋竺監督役を演じた。 「大和屋さんは早くに亡くなってしまったので、製作チームのなかで面識がある人がほとんどいないんです。でも、自分は荒戸さんや原田芳雄さんからもよく話を聞いていたほうだったので、不思議な巡り合わせを感じました。 荒戸さんの事務所には大和屋さんの写真が飾ってあって、何年も毎日のように見ていたし、『赤目』のスクリプターは大和屋さんの奥さんだったので」 ――撮影日数はどのくらいだったのですか。 「たぶん2週間ぐらいだったと思います。若松プロのやり方は、若松監督自身が、たとえば100ページの本を10日で撮るってなったら1日10ページになるわけですけど、移動が多ければそれだけ時間もお金もかかるから、このシーンはデニーズで、次のシーンはロイヤルホストで…と書いてあっても、『いいよ、これ全部デニーズで』みたいな。そういうところでスケジュールを圧縮していくということがすごく大胆で。 予算と日数を圧縮して、『そんなことよりも内容のほうが大事なんだから、それはデニーズでもロイヤルホストでもガストでもいい。なんだったら餃子の王将だっていいんだ。そんなことに目がいくような映画だったらこの映画は負けだ』という人だったので。 そういう工夫のなかで、若松監督は予算と日数を抑えて、シチュエーションをなるべく絞って、あまり移動しないで済むようにしていました。白石さんもそういうなかでずっとやっていたので、白石さんは大作も多く手掛けていますが、あの作品は2~3週間ぐらいで撮っていた気がします」 2019年、それぞれ柴犬の飼い主である3人の中年男たちが繰り広げる会話劇を描いたドラマ『柴公園』(テレビ神奈川ほか)に出演。映画版『柴公園』も公開された。 どこにでもあるような街の公園で犬の散歩で顔を合わせるようになった茶柴のあたるくんパパ(渋川清彦)、黒柴のじっちゃんパパ(大西信満)、茶柴のさちこパパ(ドロンズ石本)。3人と3匹が公園で集い、ダべリングすることが日課に…というユニークな展開。 ――シリアスな役柄のイメージだったので、『柴公園』のじっちゃんパパは新鮮でした。 「ああいう役がもっとやりたいんですけど、来ないんです(笑)。じっちゃんパパのような役が続けばいいんですけどね」 ――渋川清彦さんとドロンズの石本さん、すごくユニークな3人組で楽しかったです。皆さんがワンちゃんに向けるメロメロの笑顔がチャーミングで。撮影も楽しかったでしょうね。 「犬は可愛くて楽しかったですけど、セリフ量が尋常じゃなかったので大変でした。あのときは、家中にセリフを書いた紙を貼っていましたね。会話劇なので基本全部長ゼリフ。各々が1人で2ページ3ページしゃべっている。 部屋中にトイレとかにも全部セリフを書いた紙を貼って、覚えたらバリバリって外して、また新しいのを貼って…どうにかセリフを覚えるという感じでした。 でも楽しかったですね。やっぱり犬とか猫が現場にいると、疲れませんからね。基本的にワンちゃんたちがいて可愛いんだけど、とにかく誰かが必ずしゃべっていました(笑)」 ――大西さんは、その日に撮るシーンのセリフだけじゃなく、翌日のセリフを覚えたりしていたとか。 「それは人それぞれ覚えやすさみたいなのがあるというか。自分の場合は、1回やって忘れたぐらいで、前日に確認するのが一番定着するんです。でも、人によっては一夜漬けみたいにやったほうが覚えやすいという人もいるし、それぞれですよね。スケジュールにもよるし。何本やっていても、やっぱりセリフが言えなくなる恐怖ってすごくあるんですよね。 自分がセリフを言えなくて現場が止まる、止めてしまった経験があるから、その恐怖感みたいなものがすごくあって。どうしたって若いときに比べたら覚えは悪くなりますからね。必死ですよ(笑)」