『二つの季節しかない村』ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督 風景が心情を象徴する【Director’s Interview Vol.443】
長編デビュー作の『カサバ‐町』(97)以降、毎作どこかの映画祭で賞を受賞し、7作目となる『雪の轍』(15)ではみごとカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞。名実ともに現代トルコ映画を代表する巨匠となったヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督。そんな彼の9本目にあたる新作が、2023年のカンヌ国際映画祭で女優賞(メルヴェ・ディズダル)に輝いた『二つの季節しかない村』だ。198分の大作は、トルコの東アナトリア地方の雪深い村が舞台。都会に出て人生を変えたいと思っている教師とその同僚が巻き込まれる、ある生徒との揉め事を通して、人間関係の難しさや村社会の圧迫に揺り動かされる人間たちの姿を描く。 滅多に取材を受けないジェイラン監督に、カンヌ国際映画祭での機会をとらえ話しを聞いた。
『二つの季節しかない村』あらすじ
美術教師のサメットは、冬が長く雪深いトルコ東部のこの村を忌み嫌っているが、村人たちからは尊敬され、女生徒セヴィムにも慕われている。しかし、ある日、同僚のケナンと共に、セヴィムらに虚偽の“不適切な接触”を告発される。同じころ、美しい義足の英語教師ヌライと知り合い……。プライド高く、ひとりよがりで、屁理屈を並べ、周囲を見下す、“まったく愛せない”のに“他人事と思えない”主人公サメット。辺境の地でくすぶる男は、雪解けとともに現れた枯れ草に何を見つけ出すのか――。
風景がキャラクターの心情を象徴する
Q:とてもよく練られた物語ですが、本作のストーリーをどのように作り上げていったのでしょうか。何か具体的に元にした出来事があったのですか。 ジェイラン:インスピレーションになっているのは、前作の『読まれなかった小説』(18)で一緒に脚本を書いたアキン・アクスの日記です。彼が義務的な勤めで3年間アナトリアの学校で教師をしたことがあり、そのときにつけていた日記を見せてくれたのです。教師が出てくる映画はすでに撮っていたので、すぐに映画にしようとは思わなかったのですが、いくつかのディテールが忘れられず、結局彼とわたしの妻と三人で、それをもとに脚本を書くことにしました。最初に骨格を作ってからは、3人がシーンごとに脚本を書き、それを見せ合って話し合うことを繰り返しました。最終的にはわたしがまとめて、さらに撮影をしたあと、編集の段階でカットをして変えたところもあります。 Q:たとえばどんなところが変わったのですか。 ジェイラン:大きな部分ではラストシーンです。映画を作るときはいつも、キャラクターをひとつの型に嵌めないように、さまざまな要素を持たせるように心がけるので、ラストシーンもこういう終わらせ方にしようと決めてはいませんでした。脚本ではもっと続きがあり、そのシーンの撮影もしたのですが、結局編集でカットしました。今の終わり方の方が気に入っています。 Q:あなたの作品はいつも風景がとても印象的ですが、本作でも、都会から離れた雪の深い厳しい自然の情景が、登場人物の心情を物語るような役割を果たしています。春がまったくないのは主人公たちの心のメタファーでしょうか。 ジェイラン:撮影をしたエルズルムという地方には、本当に春がないのです。わたしは子供の頃田舎で育ったので、田舎と都会の両方を知っています。この物語では主人公が都会に行けば満足できると思っていますが、もちろんそうとは限らない。都会には都会の辛さがあるし、個人的には大きな町だろうが村だろうが、物語を語る上ではそれほど違いはないと思っています。ただし映像では、都会との違いを際立たせることを意識しました。風景がキャラクターの心情を象徴しているのはおっしゃる通りで、たとえ雪がなくなっても、彼らのいるところは、草は緑に生い茂ることなく、乾いたままなのです。
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