インドネシア新政権発足、成立の背景と今後の見通し ── 立命館大・本名純教授に聞く
反民主主義勢力 vs. 庶民派改革者
7月の大統領選挙は、ユドヨノ政権下で社会に生じた歪みの裏返しだったと本名教授は分析する。「人口の3~4割を占める貧困層は経済成長の恩恵を享受できず、ユドヨノ政権の決められない政治に失望していた。彼らの前にあったのは、現在のシステムをぶっ壊す戦闘的ポピュリストと、庶民的で市民感覚を理解する改革者という2つの選択肢だった」。 スハルトの娘婿として民主化以前の国軍最大の影響力を誇ったプラボウォは、強い指導者像を全面に押し出した。民衆の前で馬に跨がり拳を突き出し、演説では50年代を彷彿とさせるスタンドマイクを使用。インドネシアの伝統的な政治エリートとして、民主主義の過剰を主張した。グリンドラ党の党首として莫大な資金力と組織力を持つプラボウォは、バラマキによる票集めと相手候補のネガティブキャンペーンに励んだ。 対抗馬のジョコウィは貧しい家庭の出身で、木材家具の輸出業者から政治家に転身した庶民派だ。中部ジャワのソロ市長時代に行政改革で頭角を表し、2012年にジャカルタ州知事に就任。知事時代には低所得者の医療・教育の無償化、ジャカルタ市内の渋滞解消などの改革を矢継ぎ早に実施した。現場に足を運び、市民との直接対話を重視する姿勢が支持を集め、就任から半年を待たずして次期大統領候補として取り沙汰されるようになった。 選挙戦終盤にはプラボウォが猛烈な追い上げを見せたものの、7月9日の開票結果は53.15%の得票率を達成したジョコウィに軍配があがった。しかし、プラボウォとの差はわずか約6%ポイント。本名教授は「ある意味で危険な状況だった」と振り返る。「プラブウォはこの10年間の民主主義を行き過ぎと看做していた。彼が当選した場合、安定しているはずのインドネシアの民主主義がひっくり返る可能性もあった」。
ジョコウィを支える草の根運動
10年前には一介の家具商人にすぎなかった人物の大統領就任就任は、エリート主義が根強く残るインドネシア政治において革新的な出来事だった。政党の党首でも富裕層でもなく、軍や警察とのコネクションも持たないジョコウィ。彼の選挙活動を支えたのは、女性や貧困層といった人々による草の根の運動だった。総勢100万人以上のボランティアたちは、地域の戸別訪問に加え、ツイッターやフェイスブックなどを活用したプロモーションに励んだ。 「末端の声を直接聞くのがジョコウィのスタイルだ。それを正統性として掲げ、既成のモノを切り崩す勢いを演出できるのが彼の強みでもある。インドネシアの課題である再分配システムの確立のためにも、ジョコウィが大統領として成功することが重要だ。それが実現すれば、国民が求める政治家像も従来の強いエリート指導者から、奉仕する行政リーダーへと変わってくるだろう」(本名教授)。 しかし、懸念材料もある。自治体首長として行政改革の手腕に定評があるジョコウィだが、ナショナルレベルでの政治経験はないに等しい。ジョコウィと親交のある本名教授は「政党間の駆け引きは近すぎず、離れすぎずが重要だ。まずは行政改革など国会マター以外の得意分野で実績を出していくべきだろう」と助言する。また、中国向けの資源輸出停滞によって、かげりが見え始めた経済の改革も急務だ。 政治コミュニケーションを重視するジョコウィは現在、大統領就任後も庶民との対話を続けるためにインターネット上のクラウドを使用した意見集約システムを構築中だという。改革に対する既得権層の反発、道路や港湾をはじめとするインフラの整備など課題は山積みだが、新政権がインドネシアの政治文化に新たな一石を投じることは間違いなさそうだ。