東京への人口移動で起きた男女比逆転―高学歴化する女性の就業と居住地選択
高学歴女性の東京圏への選択的移動の顕在化
女性にとって、大学進学による人口移動が東京圏に向かう人口移動の大部分を占めるわけではないとすれば、東京圏の転入超過により大きく寄与している女性とはどのような女性であるのか。これは恐らく、東京圏外の大学を卒業した女性が初職、転職のタイミングで東京圏に流入するという就職移動ではないだろうかと思います。 地理学者の中川聡史氏は国勢調査の学歴別人口や学校基本調査等のデータを用いた分析によって、1990年代後半以降の東京圏の転入超過では、高学歴女性の東京圏への選択的移動が顕在化しているということを指摘しています(*1) 。こうした背景として、バブル崩壊後に現業部門での新規雇用が減少し、この部門の人員補充は東京圏出身者で充足できるようになったこと、サービス経済化が進展し、東京圏の求める労働力が高学歴層に移行したこと、特に高学歴女性の雇用機会が東京圏に集中していることを挙げています。 これは東京圏外地域から見れば、増加した大卒女性に適した雇用機会が十分に確保できていないために、多くの有望な若者を就職時に失っているともいえる状況です。東京圏の人口一極集中とは、単なる人口分布だけの話ではなく、高学歴人材の地域格差にもなっているのです。 ---------- (*1)中川聡史,2005,「東京圏をめぐる近年の人口移動:高学歴者と女性の選択的集中」『國民經濟雜誌』191(5),pp.65-78.
就業機会の地域差が居住地選択の制約にならないような地域社会づくり
高度経済成長期の人口移動を分析したような研究には、男性は就業のために長距離の移動をするが、女性は結婚のための短距離の移動をするといったような、移動理由や移動距離の男女の違いを指摘するものがあります。 東京圏に流入する女性も、少し前の世代であれば「結婚のため」とか「夫の仕事の都合」といった理由が多かったけれども、最近の世代では「進学・通学」とか「自分の仕事の都合」といった理由が多くなってきているはずです。人口移動の量的な男女差が縮小する背景には、移動理由の男女差が少なくなっていることもあると思われます。 筆者の大学時代の友人の中にも地方圏出身女性がいましたが、彼女らの多くは大学卒業後に東京圏内で就業し、家族を形成しています。地元にUターンはしないのかと聞いたとき、「田舎に帰っても大卒の女を雇う所なんてない」と言っていた人がいたことが記憶に残っています。 こうした極端な状況が全ての地域に当てはまるわけではないでしょうし、その人の思い込みもあるのかもしれません。ですが、女性にとって(または男性にとっても)高学歴であることやキャリア志向が強いことがプラスには働かないような地域社会は、まだ存在しているのだろうと思います。大学進学率の地域差もそうした状況を表しているのかもしれません。そのような地域社会において、考え方や人々の意識・規範を大きく転換するのは難しいことです。ですが、若年人口の流出を抑え、地域社会の持続可能性を維持したいのならば、向き合わなければならない課題でしょう。 地方圏にいると分かりますが、若者に対しては2つの考え方があります。1つは地元に定着してほしいという考えであり、もう1つは、一度は外に出て視野を広げてほしいという考えです。どちらが良いというわけではなく、両方とも尊重されるべき考えであると思います。 ですが、現状は地方圏に高学歴者にとって魅力的な雇用が少ないために、就職時に大都市圏に向かわざるを得なかったり、適切な就職先がないために地元に戻りたくても戻れないような状況があります。就業機会の地域差が居住地選択の制約となり、人口移動につながってしまう(あるいはつながらない)ということです。こうした状況は改善されるのが理想であるでしょう。 そのためには地方圏の企業も国際化やイノベーションによって、高度人材を有効に活用できるような働き方改革を進めることや、地元企業のことをよりよく知ってもらうような情報提供の方法を考える必要があります。地方圏にも優良企業は多いですし、東京圏よりも高度人材を有効活用しているという事例も決して少なくありません。 都会と田舎という2項対立のようなイメージが醸成された結果かもしれませんが、東京圏出身者や東京圏に流出した地方圏出身者が就職する際に、地方圏の企業が就職先の選択肢として浮かんでいないことはあるように思います。 最後に指摘しておきたいのは、人口移動をコントロールすることは不可能とは言いませんが、容易ではないということです。地方圏の企業や行政の努力、あるいは本社機能を東京圏から地方圏へ移すといった産業の分散化が進むことで、地方圏に魅力的な就業機会が整備されたとしても、それは若者の地元就職やUターン就職に必要な条件が今以上に整うということに過ぎず、必ずそうした就業が増えるということを保証するわけではないということです。 どんなに状況が改善されても東京圏へ流出してしまう人はいるでしょうし、そのままUターンしない人も出てくるはずです。居住地として重視するポイントは人によって違います。そして日本国民には居住地選択の自由が認められていますから、そのために発生する人口移動は何らかの形で誘導することはできても、他の誰かの力によって操作できるものではない。このことは覚えておくべきでしょう。重要なことは先にも書いたように、就業機会の地域差が居住地選択の制約にならないような状況を作ることにあると思います。 ---------- 丸山洋平 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学、博士(学術) 新宿自治創造研究所非常勤研究員、慶應義塾大学特任助教などを経て、2015年4月より福井県立大学地域経済研究所特命講師 専門は地域人口学、人文地理学、家族社会学