「すぐに結論を求める人」の末路と「頭のいい人」が本を読むワケ【安達裕哉×三宅香帆】
文化庁による2023年度の「国語に関する世論調査」で、月に1冊も本を読まない人が6割超に上ることが判明した。このように本を読まない人が増えている中、「人が本を読まなくなる理由」を労働史の側面から紐解いた新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)が、23万部を突破し話題となっている。その著者であり文芸評論家である三宅香帆氏に、2023年と2024年のビジネス書ランキングで2年連続1位に輝いた『頭のいい人が話す前に考えていること』の著者でコンサルタントの安達裕哉氏が話を聞いた。読書家である安達氏と三宅氏が考える「本が読めなくなる理由」と、二人が本を読み続ける理由とは何か。(文/神代裕子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部) 【この記事の画像を見る】 ● 働いていると本が読めなくなる理由を労働史と読書史から読み解く 安達裕哉氏(以下、安達) 三宅さんとお会いするのは初めてですが、著書の『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、タイトルが気になって拝読していました。とても興味深くて1日で一気に読んでしまったんですよ。 三宅香帆氏(以下、三宅) ありがとうございます! そう言っていただけるととても嬉しいです。 安達 実際、以前勤めていた会社に、仕事を頑張りすぎて本が読めなくなった方がいたんです。ただ、私自身は非常に本が好きで、読書が息抜きになっているタイプ。ですので、この企画はどういったところからスタートしたのか伺いたいと思っていました。 三宅 これは元々、同じタイトルのWeb連載を本にしたものなんです。編集さんから「何か読書論の連載を」と声をかけていただいたのがきっかけでした。切り口を考えていたら、学生時代の友人たちがみんな社会人になってから、「全然本が読めない」と言うようになったことに気がついて。その様子が、まさに映画『花束みたいな恋をした』に出てくる主人公と同じで、みんなも「自分のことかと思った」と言っていました。その様子を見て「この問題ってまだあまり言語化されていないのではないだろうか」と考えて書いたのがこの本になります。 安達 そうだったんですね。読んでみて私が意外に思ったのは、明治時代の労働史と「どのように本が読まれてきたのか」という読書の歴史から入っていたことです。これは意図的に構成したものなのですか? 三宅 現在の構成にしたのは、「働いているとなぜ本が読めなくなるのか」という問いを現代だけで考えてもわかりづらいので、歴史を通して考えてみようと思ったからです。それと、私は漫画がとても好きで、中でもよしながふみさんの『大奥』のように、1つの切り口を持って時代を切り取って見ていく話が大好き。だから、自分でも一度そういったものを書いてみたいと思っていたのもこの構成にした理由の一つです。 安達 なるほど。それは面白いですね。 ● YouTubeは開始10秒で決まる 安達 もう一つ面白かったのが、「ノイズが少ないものしか読めなくなる」「寄り道ができなくなる」といった話です。これはどこから着想を得たのですか? 三宅 本が読めなくなった友人たちは、「本を読む時ですら、何か答えを求めて読んでしまう」という人が多くて。たとえば、安達さんの『頭のいい人が話す前に考えていること』を読む時って、「頭がいい人の考えていることを知りたい」と思って手に取る。その際、答えがなかなか出てこないとイライラしてしまうそうなんです。でも本当は、読書の楽しみは意外な展開に対するワクワク感もあるはず。なのに、そこを雑音に感じてしまう感覚を、今回「ノイズ」と表現しました。 安達 「ノイズ」の話が面白かったので、YouTube動画を制作している知人と軽くディスカッションしてみたんです。その人は、「今YouTubeを見ている人たちは、開始10秒で結論が出てこないと離脱してしまう」と言っていました。みんな、全然待てなくなっているんですね。 三宅 10秒! 思った以上に早いですね。 安達 だから、「本は結論が遅い」と感じるんでしょうね。今は、動画の中でもショート動画が人気。一瞬で見ることができて結論しかないような動画ばかりです。 三宅 1本が15秒くらいですもんね。 安達 今はそちらの方が圧倒的に再生回数も伸びている。それが現代なのでしょう。だから私は、子どもたちも含め、動画やSNSに興味が向かっているから本を読まなくなったのかと思っていたんですよね。 三宅 出版後、「子どもも本が読めないんですよ」という声がたくさん寄せられました。私が今、子どもと触れ合う機会があまりなかったのでその辺りの状況をわかっていなかったのですが、このことについては私も今後考えていきたいと思っています。 ● 情報密度の高さが本を読む魅力 三宅 多くの人が動画に流れる中、安達さんは本を読む派なのはなぜですか? 安達 私は、本の方が時間あたりの驚きが多いと思っているんです。動画の驚くポイントは、約10分で2~3回程度。でも、本は著者が1冊に込めているものが多いので、10秒に1回くらい「そうなんだ!」と思う本とたまに出合うことがあります。すると、全部にアンダーラインを引いてしまいたくなるような刺激に浸ってしまう。その感覚を求めて本を読んでいるところがあります。 三宅 わかります! 私も本派なのですが、本のほうが作者が普段考えていることがギュッと詰まっている気がして面白い。でも、そういうことを子どもたちや本をあまり読まない方々に伝えるのって難しくて……。だから、今回安達さんが本の魅力を言語化してくれたらいいなと期待していました。 安達 先ほどのコメントで伝わったでしょうか(笑)。三宅さんの本では、本が読めなくなるのは「仕事に邁進しすぎて疲れている」ことが結論として提示されていますよね。その際に「半身(はんみ)労働」という言葉が出てきます。あれは、「もっと息を抜きながら仕事をしたほうが、広がりがあっていいのではないか」という話に読めたのですが、どんな意図があるのでしょうか。 三宅 「全身の半分」という意味で使っています。本を読めないくらい全身全霊で仕事にのめり込んでいると、長期的にみると仕事もうまくいかないのではないかと思っていて。自分の健康や家庭を大事にすることなど、仕事以外のことをもっとできる時間があったほうが、持続可能性があるのではないかと考えました。 安達 なるほど。 三宅 実は「半身」は、元々上野千鶴子さんの言葉なんです。今までの男性は全身で仕事をしていた。それは女性が家事を一手に担っていたから。でも、女性で働いている人は今まで家事も仕事もしないといけなかったので、半身で働かざるを得なかった、と。私としては、現代はむしろ男女ともに半身労働をスタンダードにすべきと思っていて。だから、今回「本が読めるくらい、仕事以外のことをする時間もある」という意味で、「半身労働」という言葉を作ったんです。 安達 非常に面白い話ですね。半身労働の話含め、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の結論は、圧倒的に本の後半に書いてありますよね。「冒頭10秒にまず結論」といった話に飽きている方にぜひ読んでいただきたい本だと思っています。 三宅 ありがとうございます。私も安達さんの『頭のいい人が話す前に考えていること』を拝読しましたが、日本人なら誰もが絶対楽しめる本になっているところがすごいと思いました。ビジネスで困っている人もそうですが、夫婦のコミュニケーションや学校で困っている人が読んでも役に立つのではないかと感じています。 安達 ありがとうございます。「ノイズ多め」に書いているつもりです(笑)。 三宅 ノイズ多め(笑)。本にはノイズがあるからこそ広がる幅がありますよね。 安達 私もそう思います。本を読むのって本当に楽しいですよね。 (本稿は、『頭のいい人が話す前に考えていること』の著者・安達裕哉氏の対談記事です)
安達裕哉/三宅香帆