朝井リョウが明かす大ヒット新作『生殖記』の舞台裏「これまで書いたことのない文章がどんどん出てきた」
10月2日に発売された直後から話題沸騰の小説『生殖記』。「○○」という意外すぎる語り手が読者に衝撃を与え、口コミで評判が広まっている。前代未聞・ネタバレ厳禁の異色作は、はたしてどのように生まれたのか。著者の朝井リョウさんに、(ネタバレにならない範囲で)創作の裏側を伺った。 【写真】インタビューに応じる朝井リョウさん あさい・りょう/1989年、岐阜県生まれ。早稲田大学在学中の2009年に「桐島、部活やめるってよ」で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2013年に『何者』で第148回直木賞を受賞。ほかに『世にも奇妙な君物語』『正欲』など
『まんが日本昔ばなし』みたいな雰囲気
――朝井リョウさんの新刊『生殖記』は、累計60万部を突破した『正欲』以来、3年半ぶりとなる長編小説です。ネタバレになるので具体的には明かせませんが、本作の「語り手」を知ったときは、「こんな小説の書き方があるのか!」とびっくりしました。 驚いてもらえて嬉しいです。一人称でも三人称でもない語り手の小説が書けないか、ここ数年ずっと考えていたんです。語り手の人称を決めるというのは、私にとってこの時空で言語化してもいい範囲を決める行為で、今の自分の中にある書きたいものがどんな人称でもカバーできないというモヤモヤがずっと頭の中にあったんですよね。 この小説は依頼から連載開始まで4年の準備期間があったのですが、実際に何をどう書くかがなかなか決められないまま連載開始直前の時期になってしまって、挿絵の田雜芳一さんにもお伝えできる情報がなくて困らせてしまいました。 でも、ある日この「語り手」を思いついて、これならイケる、と。個人的には大発明でした。 ――テーマやストーリー、キャラクターよりも、「語り手」がすべての始まりだったんですね。 書きたいテーマや要素はいくつかあったのですが、それらが複数の時空に亘って漂っていたので、小説として全てを拾い上げるためには一人称でも三人称でもカバーしきれない、でもそれ以外の人称って何があるの? みたいな感じでした。様々な現象を大きく広く言語化しても不自然でない主人公をずっと探していた、みたいな感覚です。 それ以外にも、脳の別の部屋で考えていたことがあって、それらが一つの設定に収束してくれた感覚もありました。例えば、『まんが日本昔ばなし』みたいな雰囲気で現代の話を書けないか、とか。あと、語り手の思考ルールが最初から最後まで徹底しているものを書きたい、とか。 私は石田夏穂さんや綿矢りささんの小説が好きなのですが、それは主人公の思考ルールが徹底されていて、その一貫性がやがて独自のユーモアを生み出すからなんです。そういうものも書いてみたかった。そういったいくつかの思いが合流して大きな川になって、海に辿りついた感覚です。