日本のテロ対策は充分なのか? 警戒すべき「国際的紛争が持ち込まれる」可能性
希少テロの訓練よりも起こりうるテロの訓練を
さて、テロが起きてしまった時に現場で初動対処機関(消防や警察など)が負傷者を搬送したり、原因物質を検知したり、残された人々を保護したりする訓練がある。それは「国民保護訓練」の枠組みで行なわれる。概要は政府のウェブサイト「国民保護ポータルサイト」をご覧いただきたいが、多数の訓練が全国で実施されている。 訓練では、化学兵器しかも神経剤(とくにサリン)が使われたという想定や、さらに、爆発によってそれが散布されるという想定が多い。 世界中のテロを網羅したデータベース(米国のGlobal Terrorism Database)を検索してもわかることだが、化学テロはテロ全体の中で非常に少ないうえ、国家機関以外が神経剤を使うのは稀有である(注、前述のノビチョク事件は国家機関が関わるテロ)。 一介のテロリストが神経剤を爆発物によって散布させる高度職人技を披露した例はない。オウム真理教がサリンを作った30年前と違って、いまは原料購入も規制され、テロリストが容易に作れる環境にはない。日本は起きる可能性の低い「希少テロ」ばかり心配していることになる。 世界的に見ると爆発物テロが最も多い。その負傷者に対しては一刻を争う救助、搬送が必要になるが、訓練ではその時間を計って評価することをしない。しかも爆発と同時に化学剤の散布を想定するから、化学剤の防護や検知や除染の手順を優先して、爆傷者は現場に長時間放置される。重傷者、四肢切断されている者が放置されれば死んでしまう。 世界で爆発物の次に多い銃撃や放火テロ対応は、訓練ではほとんどやらない。日本は銃社会ではないとはいえ、安倍元首相殺害の時のように自家製の銃が使われたり、それ以前から3Dプリンタで殺傷力のあるものが作られたり、交番からの強奪や軍用銃の密輸事件はある。また、爆発でも火災が生じることがあるのに、それも想定されない。 国民保護訓練とは別枠でよいから、起こりうる現実的な想定での訓練を多機関で重ねるべきであろう。とくに、アクティブ・シューター(施設に侵入し銃を撃ちながら移動する者)への対応訓練は、複合オフィスビル、役所、そしてターミナル駅など多数店舗が入居している地下街などで強く求めたい。発砲以外にも、施設内爆破や放火を想定してもよい。 どこで何が発生したかを、いかにして施設内の隅々まで迅速に伝達できるか、外に避難すべきか、出口までの最適の経路はどこか、それとも部屋に閉じこもったほうが安全か(ロックダウン)、客の誘導が正しくできるか。情報の共有方法や、避難か待避かの判断に重点が置かれる。 結局、テロ対策というのは政府機関や警察などに任せれば済むのではなく、施設の管理者や従業員など民間の取り組みも問われているのである。 また、日本の役所でも爆破や放火事件は起きており、職員は、国民保護訓練で想定されるような街中でのテロ以前に、不特定多数の住民や業者が常時出入りする自庁舎の安全確保に留意しなければならない。
宮坂直史(国際政治学者)