将棋の最終結論は引き分け? 「持将棋のルール次第だと思います」
AERAの将棋連載「棋承転結」では、当代を代表する人気棋士らが月替わりで登場します。毎回一つのテーマについて語ってもらい、棋士たちの発想の秘密や思考法のヒントを探ります。36人目は番外編で、コンピュータ将棋開発者・杉村達也さんです。AERA 2024年4月8日号に掲載したインタビューのテーマは「印象に残る対局」。 【写真】この記事の写真をもっと見る * * * コンピュータ将棋開発者は圧倒的に理系が多い。一方で杉村達也の本業は弁護士だ。そういう人は相当レア? 「いやそれがですね(笑)。私より前に出村洋介さんという弁護士の方がおられまして。司法試験に受かったあとで『技巧』という素晴らしいソフトを開発されています。2016年の世界コンピュータ将棋選手権は技巧が準優勝、Ponanzaが優勝で、そのときは本当に盛り上がったそうです」 Ponanzaは山本一成が東京大学在学中に開発を始めたソフトで、2013年、電王戦という公開の舞台において、初めて現役の棋士を破った。2010年代なかばには最強のソフトとなり、17年、人間界の頂点に君臨する佐藤天彦名人(叡王)まで下した。 「将棋の強さを測る際に、レーティングという、実力差を数学的に表す指標が使われることがあります。当時のレーティングを計算すると、大体Ponanzaと人間のトップは400点以上の差がありそうです。勝率は400点差だと90%、800点差だと99%ぐらい。そのPonanzaに対して、現在のコンピュータ将棋のトップは1200点ぐらい強いんです。勝率にして99.9%ぐらい。当時のPonanzaに勝てなかった人類が、現在のコンピュータ将棋に勝てるかというと、ちょっと厳しいでしょうね」 コンピュータの実力は頭打ちにならず、青天井で強くなっていく?
「何年か前にある開発者の方が『将棋の神様のレーティングはこれぐらいだろう』と示されていた数字が5千点弱でした。しかし実はもうそこにも到達してしまったんです。それでもまだ将棋の結論に辿り着くようなレベルではない。『将棋の神様』は2万点とか3万点とかでもおかしくないぐらいの強さなんでしょう」 将棋のような「二人零和有限確定完全情報ゲーム」では、先手勝ち、後手勝ち、引き分けのいずれかが結論になる。将棋の結論はどうなる? 「持将棋のルール次第だと思います」 将棋には「千日手」と「持将棋」という引き分けがある。互いの玉が相手陣に入り込んでつかまらない相入玉になると、駒数で判断して終局する。コンピュータの競技会では持将棋なしの27点法。棋士の公式戦では持将棋ありの24点法が採用されている。 「コンピュータ同士の先手勝率は、かつては5割に近いものでした。しかしいまはもう7割を超えていて、先手の方が圧倒的に分がいい。これから先も、先手必勝の方に近づいていくと思います。一方、24点法では、もしかしたら引き分けが結論になるのかもしれません。伊藤匠七段が『棋王戦第1局などにおける持将棋定跡』で升田幸三賞を受賞されました。後手番で勝つ姿勢を見せつつ、相入玉を含みにした構想が本当に素晴らしかった。27点法だったらおそらく先手が勝つんだけれども、駒損を3点以内に収める24点法だったら引き分けに持ち込めるかもしれない、というのがすごいんです。これまでは千日手という、双方打開できない手順で引き分けを目指すことはあっても、持将棋をねらうという発想はなかった。勝ちではないですけれど、定跡を大きく一歩進めました。藤井聡太八冠も以前、インタビューで、結論としては引き分けになる可能性が高いと思う、という趣旨のことを言われていました。私もそう思います」 (構成/ライター・松本博文) ※AERA 2024年4月15日号
松本博文