「今、苦しんでる子を救いたい」ゲイをカミングアウトした作家、虐待サバイバーの壮絶半生
初めてできた仲間は宝のコトバをくれた
ばあちゃんによるビッグバン後、まず手をつけたのは勉強。通信教育の学校に入り、通学しなくてはいけない日数が多かったため、食肉市場を辞め、給料の高い荷役のバイトを始めた。 「食肉市場の仕事はけっこうラクだったけど、こっちはキツかった。船の中にある冷凍庫から1個20キロくらいあるイカのブロックを出して、外にあるパレットに積んでいくんです。冷凍庫の中はマイナス20度くらいで、真夏だと外は35度くらいあって。しかもどんどん積んでいくから、ぐずぐずしてると指が砕かれちゃう。ただ、いじめや虐待の経験に比べれば、屁でもないですけど(笑)」 さて、ビッグバン後の次なるミッションは友達づくり。しかし、「虐待やいじめのトラウマをこじらせた自分が友達をつくることは、そうではない人が思うより100倍ハードルが高かった」と歌川さんは語る。 「要は、嫌なヤツになっちゃってたんです。目の前で起こるひどいことを目いっぱいインプットしているから、アウトプットが変わってしまう。また日常的に暴力を振るわれるので、それを避けるために常に身を守ろうとして、嘘をつくクセがついていた。あと、自分のことをかわいそうと思いながら生きてはいけないから、この世からかわいそうと思うものがなくなってしまう。 例えば猫がいじめられていても“何がかわいそうなの?”と言ってしまったり。自分がブタとかデブとずっと言われてきたから、欠点を言うのがコミュニケーションだと勘違いして、いきなり相手の欠点をいじっちゃったり。20代いっぱいは本当にトライ&エラーのエラーばっかりでした」
生涯の友との出会い
そんなエラー続きの日々だったが、生涯の友との出会いが訪れる。漫画や映画にも登場する毒舌の友人・キミツ、そして歌川さんに仲間としての温もりを教えてくれたかなちゃん&大将夫婦だ。 キミツこと清水利泰さん(60)との出会いは、『チャリティ学生ミュージカル』。同じ年頃の友達ができるかも、と受けたオーディションに合格し、そこでひときわ人気者だったのが清水さんだった。 「僕が20歳で、うたちゃんが19歳でした。彼はトゥーマッチというか(笑)、迫力があるので、どんな人か興味はあったけど、最初はちょっと遠巻きに見ていたんです。でもお互いそう思っていたのか、次第に打ち解けて」 と、当時を振り返る清水さん。歌川さんも、 「キミツはお金持ちの家で育ったから、資産家ゆえの一族のゴタゴタというか、大人の世界をいっぱい見ちゃった子どもだったのね。だから“あんた、カタギじゃないでしょ”“おまえこそ”って、意思の疎通ができた」 と、懐かしそうに語る。 だが清水さんは「漫画に描かれているほど辛口じゃないですよ。毒舌なのは、うたちゃんの前だけ、のはず」と苦笑する。 そんな清水さんに言われたことで、今でも思い出す言葉がある。チャリティ学生ミュージカルで、自身のそれまでの経験が足かせになり、どうしてもうまく歌えないときのこと。 「虐待やいじめの経験って、めったに人に話せない。“おまえも悪かったんじゃないの?”なんて言われたら、もう二度と心を開けなくなっちゃうので。でもキミツなら、と思って、話したんですよね。そうしたら、“親を憎んだり、いつか復讐してやると思っているのが、本当のうたちゃんとは思えない。もっと奥に、本当の本当のうたちゃんがいるんじゃない?”って」 ばあちゃんを喜ばせたくて絵本を描いていたときの気持ち。母がネグレクトしたときに交代でごはんを食べさせてくれたりお風呂に入れてくれた工場の人たち。つらいことばかりじゃない、そんな楽しい思い出も確かにあったのだ。 「それまでは、恨んでいる自分が本当の自分だったけど、もっと奥がある。それは人間の本質であり素晴らしいものだ、って気づいたんです。大きな転換点でしたね」