「今、苦しんでる子を救いたい」ゲイをカミングアウトした作家、虐待サバイバーの壮絶半生
ばあちゃんの消息
しばらくすると、田舎に帰る食肉市場の同僚が、住んでいた家を貸してくれることに。生まれて初めて持った自分の城は、6畳の風呂なしアパートだった。 そんな中、父の工場で働いていた人に偶然会い、ばあちゃんの消息を知る。73歳になったばあちゃんは、末期の膵臓がんで入院していた─。 「お見舞いに行ったら、骨と皮だけになっていて。でも“たいちゃん”と言ってくれたんです。この呼びかける声は、もうばあちゃんでしかない。で、泣いてはいけないと思ったんだけど……」 そう言って、涙ぐむ歌川さん。今でも思い出すと泣いてしまうという。 病院では、なんとかばあちゃんを笑わせようと、「ブタが食肉市場に勤めててさ」「全体的に人生がブタだから」と、自虐ネタを繰り返すが、ばあちゃんはまったく笑わない。そして幼いころに歌川さんが描いていた絵本のことを、「たいちゃんの描く物語は悪者をやっつけるんじゃなくて、最後は悪者と仲良くなってみんなが幸せになる。そういうお話をたくさん描いてたでしょ。ブタはそんなの描けないでしょ」と優しく語りかけてくれた。 「それでね、“僕はブタじゃない、って言って”って。ばあちゃんが僕に頼んだんです。でも最初、言えなくて。たったの9音、言いたくて喉まで出てきてるのに。“自分はブタだ”って完全に洗脳されていたから、ブタじゃなくなったら世界が崩壊しちゃう。どう生きていったらいいかわからないんです。それでも、時間がかかったけど、なんとか絞り出すようにこの9音を言ったら、ビッグバンが起こったみたいな感覚で」 自分の人生は、“僕はブタじゃない”と口にする以前と以後に分けられる、と歌川さんは言う。自分だって将来を選んでいい、友達をつくっていい。そう思えるようになったのだ。彼にとって、ばあちゃんはまさに恩人。 「それから1か月くらいで亡くなってしまったので、何も恩返しができなかったんです。その分、今度は私がばあちゃんになって子どもたちに声を届けたい、力になりたいと思って、本を書いたり講演をやったりしているんですけど。でも73歳って、やっぱりちょっと早いですよね……」