【訂正】“負けヒロイン”が2024年のアニメシーンに与えた影響 『マケイン』『アオのハコ』から考察
2024年の“敗北王”八奈見杏菜
それに対して、「負けヒロイン」を自称してさえいる八奈見杏菜はどうか。 八奈見は『負けヒロインが多すぎる!』の「ヒロイン」として登場する。アニメ版では物語開始時にファミレスで「幼なじみ」にフラれた直後、口と鼻の両穴からコーヒーを(目の前のテーブルを飛び越える勢いで)吹き出し、ヒロインにあるまじきギャグキャラぶりで2024年夏のネットミーム界を席巻した。 そしてこのカットをわざわざマルチアングルで描くという謎の映像的こだわりも意義深い。映像コストをかけるべきなのは、恋が進展する特別な場面ではなくむしろくだらない日常のほうなのだという制作陣の熱意を受け取れるだろう(その意味で『アオのハコ』と対照的である)。 いま思うとこのシーンは(冒頭のマルチアングルとは対照的に)定点アングルで描かれており、それゆえに音声情報としての遠野の演技が強調されていたのかもしれない。 いずれにしてもこのように「負けヒロイン」であるはずの八奈見杏菜は、失恋の傷をたくましく乗り越え、毎日をおもしろおかしく過ごしている。その意味ではあまり「負けヒロイン」らしくない。 むしろ2024年、最も「まっとうに」負けヒロインとして動いていたのは『アオのハコ』の蝶野雛のほうであり、八奈見杏菜は彼女に対して「負けヒロインらしさ」において「負け」ている。自称「プロ幼なじみ(負けヒロイン)」である八奈見杏菜は、それでいいのだろうか。 もちろん一向に構わない。八奈見杏菜はあらゆる局面において敗北する。11月26日に発表された「このライトノベルがすごい!2025」において、原作の『負けヒロインが多すぎる!』は総合第1位、イラストレーター部門第1位、キャラクター男性部門を本作主人公の温水くんが第1位を獲得しているなか、キャラクター女性部門においてのみ八奈見杏菜は「堂々の」第2位に輝いた。 つまり八奈見杏菜は敗北し続けることで、逆説的により徹底して「“負け”ヒロイン」になったのだ。正ヒロインに負け、賞レースに負け、そして「負けヒロイン」にすら負ける。敗北を知りすぎている大敗北時代の八奈見杏菜である。 このような八奈見さんの奇跡的な負けヒロインぶりは、メディア横断的な視点(他作品との比較やSNSの反響、賞レースの趨勢を踏まえた視点)を設定したからこそより際立つ。より平たく言えば、リアルタイムでアニメシーンを追いかけていたからこそ楽しめるミームである。