国内唯一の「塩田熟成カキ」で世界に勝負…瀬戸内海の離島で起きている「オイスター革命」の中身
■養殖の効率化を実現する「三種の神器」 実は、ロールオイスターだけでは最先端の養殖システムは完成しない。特別な装置があと二つ必要だ。 一つは「フラプシー」と呼ばれる中間育成機。ロールオイスターの前段階で使われ、人工的に水流を作り出すことで稚貝の成長を早める役割を担う。 ファームスズキでは養殖池のすぐ横で、コンクリート製の大型フラプシー2基が稼働中だ。鈴木がオーストラリアの養殖場から技術を学び、独自に設計・建設したマシンであり、昨年に完成したばかり。 もう一つはサイズ選別機。フランスの老舗メーカーであるミュロの製品で、鈴木は「振動を使って稚貝やカキをサイズごとに自動選別できるから、肉体労働を大幅に減らせるんです。ミュロのスタッフはエンジニアなのにカキ養殖のうんちくがすごい。びっくりしました」と話す。 ロールオイスター、フラプシー、サイズ選別機──。養殖池でのカキ養殖に欠かせない「三種の神器」だという。 結果としてファームスズキの生産性は大幅にアップ。今年の年間出荷量は最大150万個に達し、2年前と比べてざっと3倍の水準になる見込みだ。正社員に限ると社員数は社長も含めて5人という体制は変わっていないのに、である。 これで海外勢との差が縮まった。単純計算で1人当たりの出荷量は最大年30万個になり、目安となる30万~60万個にぎりぎり届く。 ■「肉体労働者」から「知識労働者」へ 生産性アップに関してはインターネットの活用による省力化も見逃せない。SEADUCERのシステムは常にネットとつながっており、パソコンやスマートフォンで操作可能だ。 だから社員は養殖現場にいなくてもさまざまな作業を行える。遠隔操作でバスケットを動かして干潮・満潮を再現したり、養殖池の水温や酸素を測定したり。事前に日々の工程を入力しておけば、システム全体をオートパイロット(自動操縦)状態にもできる。 生産性がアップすれば会社が社員への利益配分を増やす余地も出てくる。 この点ではファームスズキは「社員の年収500万円」を目指して着実に前進している。機械化投資に加えて人的投資にも力を入れているということだ。 ファームスズキを支える人材は「単純作業をこなす肉体労働者」ではなく「数字を理解する知識労働者」だ。だとすれば年収500万円でも足りないのかもしれない。海外の養殖場では年収600万~800万円を稼ぐ社員は珍しくないという。 そもそも起業家・鈴木はどのようにして水産業に興味を抱き、クレールオイスターに行き着いたのか。最終回で報告する。(文中敬称略) (後編に続く) ---------- 牧野 洋(まきの・よう) ジャーナリスト兼翻訳家 慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。 ----------
ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋