贅沢は敵、というより素敵! BMW760iL(2008年) 6リッター、V12ツイン・ターボ搭載の旗艦は運転席がよかった!【エンジン・アーカイブ「蔵出しシリーズ」】
じっさいこれは、すばらしく静かで快適なスーパースポーツ・サルーンだった!
【エンジン・アーカイブ「蔵出しシリーズ」】ご存じ中古車バイヤーズ・ガイドとしても役立つ雑誌『エンジン』の過去の貴重なアーカイブ記事を厳選してお送りしている人気企画の「蔵出しシリーズ」。今回は、2009年10月号に掲載したBMW760iLのリポートを取り上げる。BMW7シリーズの頂点モデルである6リッター、V12を塔載する760Li。ツイン・ターボを得て544psのスーパー・パワーを発揮する真っ白な1台に、ミュンヘンを舞台に開かれた国際試乗会で試乗。当時は世界的な自動車不況のまっただなか、この贅沢な1台をどう評したのか? 【写真14枚】BMWの旗艦、760iLの2008年モデル V型12気筒エンジンを搭載する至宝はどんなサルーンか写真を見る ◆生意気な感じ 760Liは760iのロング・ホイールベース(LWB)バージョンである。常識的にいえば、760iはじぶんで運転するクルマ、760Liは運転手付きで後席に乗るクルマ、ということになる。しかし、稀代のスポーツ・サルーン・メーカー、BMWが仕立てると、LWBの760Liは、たんによりゆとりのある後席スペースをもつ760iといった趣で、やっぱりドライバーズ・シートがベストの場所としかおもえなかった。 11月には日本に上陸するというこの7シリーズの最高峰は1920万円。12気筒同士で比べると、メルセデス・ベンツS600L(2026万円)より安く、アウディA8L6.0クワトロ(1787万円)より高い。もっとも、このへんの価格帯における100万円ぐらいの差に、さほどの意味があるとはおもえない。この価格差が意味するのは、3台のステータス性についてのパブリック・イメージのちがいにすぎない、と見るのが正解だろう。 さて、BMW本社が用意したニュー760Liのテスト車はすべて、パール・ホワイトにペイントされていた。インテリアのレザーはいくぶんグレイの気配のある白で、ダッシュボードとドア・パネルに挿入されたウッドは、僕の乗った個体では、ピアノ・ブラックにかがやいていた。白と黒のあざやかなコントラストが見せるシンプルなモダン感覚には、かつてのロールズ・ロイス的な、精妙な細工によって装飾される重厚きわまりない(ヴィクトリア朝的)自動車の室内を、遅れた美意識の所産として見下すようなイキがり、いうなれば若さの傲慢を、感じとれないでもなかった。真っ白な内外装のV12のショーファー・ドリブン・カーに乗る男、あるいは女―。生意気な感じではないか。 しかし、そういう若い、モダンで、生意気な感じは、1977年に初代の7シリーズが誕生したときからBMWのフラッグシップ・サルーンにつきまとうもので、そこに大型BMWの値打ちもあるのだ、とおもう。昨年秋のパリのオート・サロンでデビューした現行5代目もそこはしっかり継承していて、たとえば、曲線や面のうねりぐあいにではなく、けれん味のない直線的な水平の線と面にこだわった内外デザインなどに、モダニストの面目を見ることができる。現行メルセデス・ベンツSクラスの、フェンダーやボンネットに繰り返し用いられる力こぶのような膨らみのデザインが、いささか露悪的にパワー信仰を告白しているとしたら、この760Liは、544psもの出力を誇る6リッターのツイン・ターボV12を隠しもちながら、そのデザインにパワーの神殿を暗示するものを見せない。計算されたアンダーステイトメント(過小主張)の美学をもってみずからを、大型・超高性能高級車の世界における一陣の涼風たらしめようとするかのようだ。 ◆BMW的建築群 試乗のスタート地点は、ミュンヘンのBMW本社ビルに隣接するBMWミュージアムに隣接する「BMWワールド」。裏にはV12を組み立てるファクトリーもふくむ本社工場があり、この一帯はさながらBMWニュータウンといった趣だ。これらBMWミュージアム、BMWワールド、そして4本のシリンダーのごとき本社の通称4気筒ビルから成るBMW建築群が、道路を隔てた向かい側の、1972年のミュンヘン・オリンピック主会場跡の建築群に劣らず前衛的な造型的塊をなしているのは、モダニストの沽券にこだわるBMWの企業精神の表れだ。 さて、BMWのパビリオンともいうべきBMWワールドのなかには、現行生産車のすべてとF1をはじめとしたモータースポーツ車両などが展示されているのだが、2階の一角に、すぐ裏の工場でラインオフしたばかりの注文済みの新車を受け取りに来たハッピーなオウナーが訪れるデリバリー・センターがある。760Liのテスト車は、そこでわれわれジャーナリストに引き渡された。 ミュンヘンの市街地を走りだしてほどなくこのクルマに好感を持ったのは、半分以上、V12ツイン・ターボの官能を喜ばせるマナーのせいだ。V型12気筒エンジンは振動のない「完全バランス」エンジンなので、そもそも比類ないのだけれど、ツインスクロール式のターボを2基持つことによって、旧型とおなじ6リッターの排気量でありながら、新型はさらに大きな余裕を得た。7リッター以上の超大型エンジンを御している感覚で、トルクの財布がとてつもなく分厚くて大きい。ターボはその存在を感じさせず、12気筒でしか味わえない超スムーズで静かな力を感じてドライビングできる。これひとつとっても、このクルマに乗るなら、後席におさまりかえるのではなく、ぜひともステアリングを握るべきだ、とまずはおもったのだった。 旧760iおよびLiに載っていた445psのV12は自然吸気ユニットで、最大トルクは600Nmだった。こんどのはおよそ100ps増しの544ps/5250rpmで、最大トルクは150Nmもアップした750Nm/1500-5000rpm。パワーで22%、トルクで25%も強力になっている。 そのいっぽうで、ルーフ、ドア、ボンネット、フロント側のサイド・パネルなどがアルミ製となり、装備の充実がはかられながらも、車重は旧型とおなじ2175kgにとどまった。さらに、より効率の高い8段オートマティックが新採用されたこともあって、250km/hでリミッターが働く最高速は同じながら、0-100km/h加速はかつての5.6秒(ショート・ホイールベース=SWBは5.5秒)からポルシェ911カレラSに匹敵する4.6秒(SWBもおなじ)へと、めざましく向上した。掛け値なしにスーパースポーツ・サルーンの動力性能である。 ◆しなやかに振る舞う じっさいこれは、すばらしく静かで快適なスーパースポーツ・サルーンだった。リアにエア・サスペンションが仕込まれた足回りは、フロントに245/45、リアに275/40の大径19インチのランフラット・タイヤ(グッドイヤー製)を履くにもかかわらず、終始しなやかに動いて、大型高級サルーンにふさわしい落ち着いた乗り心地をもたらした。それは速度無制限区間のアウトバーンを、スピード・リミッターが働く250km/h寸前の超高速域で巡航しているときもである。 200km/hオーバーの領域でも不安感はまったくない。ステアリングに神経質な様子はないし、多少のバンプがあっても、それによってステアリングがとられることもない。その程度の外乱はバネ下で処理してしまっている。それに、200km/h走行時にV12は、わずか3000rpm弱で回っているにすぎない。ひとむかし前の100km/h走行時のレヴだ。だから、いくぶん風切り音が耳につくとはいえ、車内の雰囲気は静かで平和で、ドライバーはほとんどストレスを受けないから、いっそう余裕のドライビングができる、といういい循環が成立している。ちなみに日本の法定上限速度である100km/h走行は、8速トップで1500、7速なら1800、6速でも2200と、V12の能力にとっては他愛ない領域の仕事だ。 BMWのサルーンである以上、コーナリングは得意科目のひとつであり、この760Liにあっても、ひとり山道でドライビングに集中すれば、3シリーズのように右に左に、余分な重さを感じさせずに向きを変えて、痛快なスポーツ・ドライビングに興じることができる。しかし、この760Liの美点は、もうひとつあって、そのシャシーのしなやかな落ち着きぶりと、V12ツイン・ターボのどこかまろやかで伸びやかなレスポンス特性とがあいまって、低速走行しているときに気持のいい乗り味があることがそれだ。 なんとなく「贅沢は敵だ」的ムードが漂うきょうこのごろ、760Liの贅沢は素敵だった。 文=鈴木正文(ENGINE編集長) 写真=BMW (ENGINE2009年10月号)
ENGINE編集部
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