UNHCR日本人事務所長「ロヒンギャ難民には根源的な強さがある」
2017年8月に起きたロヒンギャ難民危機から7年。世界の関心が薄れるなか、ロヒンギャの人々は苦境を乗り越え、自らの手で未来を切り拓こうとしている。 【画像】UNHCR日本人事務所長「ロヒンギャ難民には根源的な強さがある」 6月20日の「世界難民の日」を前にロヒンギャが避難生活を送るバングラデシュ現地を訪ね、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)コックスバザール事務所長の赤阪陽子に話を聞いた。 2024年6月中旬、バングラデシュ南東部の都市コックスバザールの文化センターでは、ロヒンギャ難民をテーマにした写真展が開催されていた。 キャンプ内の教育施設で笑顔を見せる子供や、ミャンマーの伝統スポーツであるチンロンに汗を流す男性など、日々の営みを写したものもあれば、夫を亡くした女性を捉えたロヒンギャのフォトグラファーによる作品など、素晴らしい写真が多数並ぶ。 そのなかでもひと際、印象に残る1枚があった。ロヒンギャ難民の女性たちがヒジャブ(イスラム教徒の女性が頭部を覆うスカーフ)の上にさらにヘルメットを被り、電気技師の職業訓練を受けている写真だ。 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)コックスバザール事務所長を務める赤阪陽子も、難民キャンプのポジティブな変化を切り取ったこの写真はお気に入りの1枚だという。
7年前と変わらない生活
UNHCRによれば、紛争や迫害により移動を強いられた難民・国内避難民の数は2024年5月時点で、1億2000万人に達した。シリア、ミャンマー、ウクライナ、スーダン、ガザなど、世界各地で紛争や人道危機が次々と発生した結果、その数はこの10年で約2倍に増えたという。 なかでも、ロヒンギャが避難生活を送るバングラデシュの難民キャンプは世界でも最大級の規模だ。 【ロヒンギャとは】 ロヒンギャは、ミャンマー西部ラカイン州に多く暮らしていたイスラム系少数民族。1960年代から軍事政権に不当に市民権を奪われ、多くの人が「無国籍」の状態にある。祖国ミャンマーでは、教育や職業、医療へのアクセスが限られ、移動の自由もないなど、多くの差別・人権侵害に苦しめられていた。2017年8月にロヒンギャの武装勢力が蜂起すると、ミャンマー国軍が軍事作戦を開始。このとき、多くの市民が殺され、村が焼かれた。性暴力を受けた女性も大勢いた。これをきっかけに75万人以上が隣国のバングラデシュに逃れた。もともと国境付近にはそれ以前の迫害から避難してきた人たちが暮らしており、現在コックスバザール在住のロヒンギャ難民の数は94万人に上る。 祖国での迫害から逃れても、ロヒンギャの苦難は続いている。ここ最近はキャンプ内でギャンググループが対立し、治安が悪化している。さらに彼らの故郷であるラカイン州では、ミャンマー国軍と仏教徒の武装勢力アラカン軍との戦闘が激化しており、ロヒンギャの村や住民が再び激しい暴力に巻き込まれている。 ミャンマー情勢が改善せず、帰還の目途が立つ兆しは見えない一方、バングラデシュにおけるロヒンギャの法的身分は不安定なままで、移動の自由や就労の権利は保証されていない。こうした状況から、いまでも9割以上の世帯が7年前と変わらず支援に頼りながら生活をしているが、国際社会からの資金協力は減少傾向にある。UNHCRは2024年、ロヒンギャ支援などを含むバングラデシュでの活動に2億7500万ドルが必要だと表明しているが、現状そのうちの25%しか確保できていない。 こうした状況から、UNHCRは難民の自立支援に力を入れる。2022年8月には大きな変化があった。キャンプで活動する支援団体がロヒンギャ難民をボランティアとして雇用することが、バングラデシュ政府に正式に認められたのだ。 キャンプでは現在、UNHCRと連携するさまざまな団体・企業などが、教師や健康相談員、消防団員といった多彩な職業訓練・スキルアップ研修を実施。さらに雇用の機会も難民に提供する。冒頭の電気技師もその一環だ。 ユニクロなどを展開するファーストリテイリングも、地元バングラデシュの企業と難民の女性たちに再生利用可能な布ナプキンの縫製技術を教えている。赤阪によれば現在、UNHCRが把握しているだけで2万4000人以上の難民がキャンプ内でボランティアなどとして働いている。 収入を得られるようになり、自活の道を歩みはじめた難民たちにはよい変化も見られるようになった。 保守的なイスラム教を信仰する人が多いロヒンギャの社会では、女性は夫や兄弟の同伴がなければ自由に外出することができず、家庭で家事やケアワークを担う存在だ。だがキャンプで知識や技術を身に着けて働く機会を得られるようになってからは、「自分の娘には学校に行って、職に就いてほしい」という母親たちの声を耳にするようになった。赤阪は言う。 「女性たちがエンパワーメントされるにつれ、男性側の意識も変わりはじめています。電気技師など、これまでは男性の領域だと思われていた分野への女性の進出を許容する男性が増えていることを、とても嬉しく思っています」 ●UNHCRは世界難民の日に際し、2021年の東京五輪に出場した「難民選手団」のドキュメンタリー『難民アスリート、逆境からの挑戦』の上映イベントを2024年6月30日まで開催しています。詳細はこちらから