熟年離婚や家庭崩壊、「家庭の危機」はなぜ起こるのか…中高年男性が妻に「絶対に言ってはいけない言葉」
日本は今、「人生100年」と言われる長寿国になりましたが、その百年間をずっと幸せに生きることは、必ずしも容易ではありません。人生には、さまざまな困難が待ち受けています。 【写真】じつはこんなに高い…「うつ」になる「65歳以上の高齢者」の「衝撃の割合」 『人はどう悩むのか』(講談社現代新書)では、各ライフステージに潜む悩みを年代ごとに解説しています。ふつうは時系列に沿って、生まれたときからスタートしますが、本書では逆に高齢者の側からたどっています。 本記事では、せっかくの人生を気分よく過ごすためにはどうすればよいのか、『人はどう悩むのか』(講談社現代新書)の内容を抜粋、編集して紹介します。
家庭に潜むさまざまな危機
職場にさまざまな症候群があるのと同じく、家庭にもさまざまな危機が潜んでいます。当人の精神的な健康を害するだけでなく、離婚や家庭崩壊、さらには人生を棒に振る危険さえはらんでいます。 なぜそんなことになるのか。具体的に見ていきましょう。 ●DV(配偶者暴力) 夫婦間暴力ともいわれますが、正式な婚姻でなくても、事実婚や内縁関係でも起こり得ます。 暴力の形態としては、殴る、蹴る、髪の毛を引っ張る、物を投げつける等の「身体的暴力」、大声で怒鳴る、他人との付き合いを禁じる、無視する、脅す、人格を否定する等の「精神的暴力」、いやがる性行為の強要、中絶の強要、見たくないポルノなどを見させる等の「性的暴力」があります。被害者は女性が圧倒的ですが、「精神的暴力」では男性が被害に遭っている場合も少なくありません。 きっかけはさまざまですが、加害者側にはこれまでにも暴力をふるったことがあるとか、両親にもDVがあったとか、支配的な性格、嫉妬深い、感情の揺れ幅が大きいなどの特徴が見られます。 暴力をふるったあとは深く反省し、土下座をして二度と繰り返さないなどと言いますが、許すとすぐにまた繰り返します。 私の妻の友人は、医者の夫に暴力をふるわれ、幼い息子といっしょに我が家に避難してきたことがあります。顔には殴られた痕があり、片方のまぶたはふさがり、首にも赤い痣ができていました。 数日後、彼女は周到な用意をして、夫が出勤したあと、荷物をまとめて息子ともども行方をくらませました。夜、帰宅した夫は、家の中が空っぽになっていて、さぞびっくりしたことでしょう。 ところが、彼女の逃げた先があまり遠くでなかったため、しばらくして、公園に散歩に出かけたところを見つかってしまい、逃げようとしたら夫はその場で土下座をして、「もう二度と暴力はふるわない」と涙ながらに謝ったそうです。 彼女はその言葉を信じて家にもどったのですが、すぐまた暴力をふるって、結局、離婚となりました。まるで教科書通りのDV夫だなと感心した覚えがあります。 ちなみに、その夫は別の女性と再婚したそうですが、二番目の妻にも暴力をふるって離婚されたとのことです。よほど厳しく心を入れ替えないと、もともとの性格は直らないようです。 ●共依存 暴力をふるう配偶者などと、なぜいっしょに暮らし続けるのかと、不思議に思いますが、被害者は半ば洗脳され、暴力をふるわれるのは自分が悪いからとか、これくらいの暴力はふつうだとか、家庭を壊したくない、あるいはもうすぐ収まるだろうなどの思いで、被害者側が我慢してしまうこともあります。 それ以外に、「共依存」と呼ばれる状態があり、DVにかぎらず、アルコール依存やギャンブル依存、長期間の無職や犯罪傾向など、大きな問題を抱える配偶者を支えることが、自分のレゾンデートル(存在価値)になっている状態です。 この人はわたしがいないとダメになるという感覚で、相手に認められるとか、頼られることでしか満足を得られなくなる状態です。そのため、過剰に献身的であったり、自己犠牲的であったり、ときには常識はずれなほど相手に尽くしたりします。 困るのは相手が立ち直りかけると、共依存に陥った側が無意識にそれを妨害してしまうことです。たとえば、アルコール依存を脱して、禁酒を続けている相手に、「ビールくらいなら」と勧めたりします。悪意はありませんが、相手が立ち直ると自分の出番がなくなるので、無意識に依存関係を続けようとするのです。 共依存に陥りやすいのは、自分に自信がないとか、現実を正しく判断できないとか、自尊心が低い、他者との境界があいまい、自分をうまく表現できない等の人ですが、いったんこの状態に陥ると、いろいろなしがらみができ、心の健康を乱したまま、なかなか抜け出せないようになります。 ●機能不全家族とアダルトチルドレン DVやアルコール依存、ギャンブル依存、あるいは経済的困窮や極度の夫婦不和、夫婦の未成熟などの問題を抱えた家庭では、夫も妻も本来の役割を果たせなくなり、生活が乱れます。このような状態を「機能不全家族」と呼びます。 なぜそうなるかは、簡単には解明できません。だれしも幸福な家庭を望んでいるはずなのに、自ら転げ落ちるように不幸へと突き進んでいくのですから。我慢が足りないとか、意志が弱いとか、考えがなさすぎると批判するのは簡単ですが、それだけでは解決になりません。 機能不全家族のもとで育った子どもは、適切な愛情や保護、教育を受けられず、生きていくことへの「基本的信頼」(自分は生きていてもいいとか、幸せになれるという感覚)が育たず、いわゆる「アダルトチルドレン」になる傾向があります。もともとはアルコール依存の親に育てられて生きづらさを抱えた子どもを指していましたが、現在では機能不全家族に育てられた子ども全体に多いとされています(子どもっぽい大人〔=チャイルディッシュ〕とはちがいます)。 アダルトチルドレンには次のような特徴があります。 ・正しいことの確信が持てない。 ・自己否定的。 ・自尊心が低い。 ・周囲の期待に応えようとしすぎる。 ・物事を楽しめない。 ・いやなことでも断れない。 ・他人の評価を過剰に気にする。 ・ストレスを抱え込み、生きづらさを感じやすい。 これらを克服するには、カウンセリングや認知行動療法(認識を変えて気持ちを楽にする精神療法)がありますが、最終的には自分で立ち直る以外にないようです。 ●セックスレス セックスレスが精神の健康を害している状態とは、必ずしもいえません。夫婦の双方が求めていないのであれば、レスでも問題ありませんし、高齢になればなくなるのも自然でしょう。 問題は一方が求めているのに、他方が拒絶している状況です。レスといっても、まったくない状態だけを指すのではなく、年に数回程度、月に一回未満も含まれます。セックスはあっても自分の期待回数に沿わないと、レスと感じる配偶者もいるでしょうが、毎日でもしたいのに、週に三回しかしてくれないからレス、とはなりません。 セックスは健全な行為ですが、恥ずかしさや淫靡なイメージが伴うので、パートナーの間でも気軽に誘い合いにくい側面もあります。 心理面だけでなく、身体的にも勃起不全や潤い不足、痛み、出血などで、セックスがうまくできない状況もあります。 セックスレスについては、年代別の実施割合、都道府県別、さらには国際的な国別のデータもあるようですが、参考にはなっても自分に当てはまるかどうかはわかりません。 セックスのイメージは時代とともに変化し、私が若いころには、「婚前交渉」という言葉もまだ残っていましたが、今は死語になっています。三十代の看護師に、むかしは婚前交渉という言葉が否定的に語られていたと話すと、「セックスみたいに大事なことを、試しもせずに結婚していたんですか」と、心底、驚いたように言われました。たしかにそうだと納得しましたが、自分に合うセックスがどういうものか、一回や二回でわかるのでしょうか。いろいろ試せば試すほど、一長一短を知ってしまい、かえって満足できないかもしれません。 それより一人のパートナーだけで、セックスとはこういうものだと納得するのも一法かとも思えます。いろいろなセックスを知っている人から見れば、哀れと思われるかもしれませんが、知らぬが仏、足るを知る、です。 ●仮面夫婦、家庭内別居 セックスレスになっても、必ずしも愛情がなくなるわけではありませんが、仮面夫婦や家庭内別居は通常、セックスレスです。 結婚するときから愛情がゼロという夫婦も珍しいでしょうが、死ぬまで結婚当初の愛情が続く夫婦も多くはないでしょう。やはり愛情は結婚したときがピークで、角度は別として、年月とともに右肩下がりになるのは自然です。 その下がり方が急だったり、突然、角度を増したりして、ゼロになった場合、それでも離婚しないと「仮面夫婦」となり、「家庭内別居」ということになります。 愛情が冷め切っているのに、なぜ離婚しないのか。理由は世間体が悪い、子どもがいるから、経済的に自立できない、結婚するときの事情(世話になった人がいる等)で離婚しにくいなどが主なものです。 仮面夫婦になると、互いに興味も関心もなくなり、ロクに会話もなく、必要事項はメールやメモで連絡するなど、家庭内に冷ややかな空気が流れます。 互いの顔も見たくないという状況にまで進むと、家庭内別居となり、同じ家に住みながら、別の部屋に閉じこもり、食事もバラバラ、洗濯も掃除も自分の分しかしないようになります。 当然、家の雰囲気は荒み、子どもの養育を考えて離婚しなかったのに、逆に子どもに悪影響を与えて、非行や家出、事件を起こすようなことにもなりかねません。 私の知人も仮面夫婦から家庭内別居になり、妻は料理もしてくれないし、風呂は互いが入ったら湯を落とすと言っていました。不経済この上ないのですが、どうしようもないのだと。離婚は妻が受け入れてくれないと言います。そもそもの発端が、自分がパソコンに夢中になって妻を顧みず、しかも仕事をしなくなって収入が激減したことらしいです。生活は保有するマンションの家賃収入で、自分たちもその一室に住んでいるので、妻に出て行けとは言えず、ダラダラとこの状態が続いているのだといいます。息子は自立して家を出ていますが、ほとんど絶縁状態とのこと。 かつては私たち夫婦といっしょに食事をしたり、二人が仲よく旅行をしていたときのことを知っている私としては、どう声をかけていいのかわかりません。 ●離婚の危機 離婚が「バツイチ」と称されるようになってから、ハードルがぐっと下がった気がします。 離婚の件数は、二○○二年をピークに現在まで漸減していますが、結婚の件数も減っているし、事実婚や内縁関係もあるので、統計のデータは必ずしも実情を反映しないかもしれません。それでもおおよその割合として、結婚したカップルの三組に一組が離婚しています。 何事にもいい面と悪い面があるように、離婚にもメリットとデメリットがあります。 メリットはいやな相手と別れられる、苦しまなくていい、自由を手に入れられる、人生をやり直せる、慰謝料をもらえる、ストレスから解放される等です。 離婚はネガティブな結婚生活を解消することですから、当初はメリットが大きいですが、時間とともにデメリットが効いてきます。 まず、経済的に相手に頼れなくなる。家事全般を自分でしなければならなくなる。子どもに片親の状況を強いる。病気をしたとき、事故やトラブルに巻き込まれたとき、頼れる相手がいない。孤独に耐えなければならない。仲のいい夫婦や、経済的に余裕のある夫婦を見てうらやましくなる等々。 離婚するなら、先のことも考えてしなければなりません。しかし、先のことを考えすぎて、我慢ばかりの人生を送ってしまうのも考えものです。 成人期前期ばかりでなく、成人期後期でも離婚はあり得ます。いわゆる熟年離婚で、自分のマイナス面に無自覚のまま、妻の気持ちに気づかずに中高年になった男性が、離婚届を突きつけられるというパターンが多いようです。「だれのおかげで今まで暮らせてきたと思っているんだ」などと口にすると、さらに深く大きな墓穴を掘ることになります。 私自身は若いころ、一度、離婚を考えたことがあります。外務省に入って、慣れない海外勤務をはじめたころ、妻との性格の不一致が我慢の限界に近づいて、真剣に別れることを考えました。 ところがどういう巡り合わせか、そのときに妻の父が急死して、妻と子どもは帰国し、私も葬儀には参列しましたが、赴任地のサウジアラビアにはひとりでもどらざるを得ませんでした。単身になってあれこれ考えるうちに、いっときの気持ちも収まり、むしろ妻がいることのありがたみが身に染みて、三ヵ月後に赴任地にもどってきてくれたときには離婚のオプションはなくなっていました。 かたや、妻が私と離婚したいと思ったことがあるかどうかはわかりません。本気でそう思うときには、水面下で気持ちが固まるものでしょうから。 さらに連載記事<じつは「65歳以上高齢者」の「6~7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」>では、高齢者がうつになりやすい理由と、その症状について詳しく解説しています。
久坂部 羊(医師・作家)