「栞とは離れない」。“薄汚い不倫”から美羽(松本若菜)が選び取ったのは…… 『わたしの宝物』9話
宏樹の大切な思い出の置き場所
宏樹のなかに生まれた孤独、今後の人生を通して抱えていく喪失感は、おそらく想像の域を超えている。子どもを求めていなかったはずの自分に、“血の繋がった”娘が生まれた。子どもを手に抱いた瞬間に、止めようもなく身体の底から溢(あふ)れ出てきた嗚咽(おえつ)と涙の記憶は新しい。 宏樹は、栞という名前をつけ、自ら率先して世話をし、仕事最優先だった価値観を根底から塗り変えた。常に栞と、妻である美羽のことを考えるようになった宏樹は、目の輝きすらもガラリと変わってしまった。まさに娘が生まれてくれたおかげで、人生に対する向き合い方そのものが変化したように見えた。 しかし、虚構だったのかもしれない。少なくとも、宏樹にとってはそうだった。すべてが嘘で、偽り。自分の子どもだと信じていた栞は他人の子で、蚊帳の外にいるのは、ほかの誰でもない自分自身。何をどう考えても第三者でしかありえない宏樹は、直面した状況ごとなかったことにしたい、そんな逃避衝動から、栞を抱えて海に入ろうとしたのだろう。 それなのに冬月は、自分こそが栞の父であることさえ知らない。それは、彼の責任というよりも、冬月を“かばって”本人に真実を知らせようとしない美羽の思惑があるからだった。 そもそも”栞”という名前だって、美羽と冬月の代替できない唯一の思い出に由縁するものだ。名付けたのは宏樹だが、血の繋がりと同じように、その思い出にも関与できていない。宏樹が冬月に対し「勝手に終わらせるな! あの子は、栞はどうするんだ?」と感情をぶつけたくなるのも、仕方がないと思える。 宏樹と美羽は、離婚に向けて、海辺の公園であらためて二人で話をした。会話をしながら、宏樹はさまざまなことを考えていたのだろう。喫茶店のマスター・浅岡忠行(北村一輝)に漏らしていたように「大切なものって、どうしたらいいんでしょうね?」と、その思い出の置き場所を探っていたのかもしれない。 スマホから一枚ずつ、美羽や栞とともに撮った写真を消していく宏樹の指は、震えていても迷いはなかったように見えた。