社内の反対勢力を味方につけるには?伊藤忠岡藤流「根回し」の方法
輸入仲介から投資へ──それが商社のビジネス
ブランドビジネスは岡藤が例に出す「イニシアチブを握るビジネス」だ。 岡藤は説明する。 「こうしたイニシアチブを握る流れは繊維カンパニーの時代に僕が体験したものでした。だが、社長になってからまた気づいたことがある。それは資源、自動車ビジネスでも似たような流れなんです。石油のような資源でも最初は輸入、仲介だけだった。だが、かなり前から自分たちで投資して油田開発しなければ石油を調達できない時代になった。自動車だって同じ。完成車の輸出を仲介しているだけでなく、自動車会社に出資していなくては扱えなくなった。 伊藤忠がイニシアチブを握らなくてはならないのは仲介から投資へという時代の流れがあるからです。時代の流れに乗って、自分たちの立場を変えていかなくてはならない。それが商人のやることです」
「か・け・ふ」の稼ぐ
伊藤忠が目指す商人道を表す独特の標語が「か・け・ふ」。稼ぐ、削る、防ぐの頭文字を取ってつなげたもの。岡藤が社長に就任した時に考えた言葉だ。 「稼ぐことについては伊藤忠の社員はよくわかっている。稼いでこいと言われたら、客先を開発して営業してくるのがうちの社員たちです。僕は『細かいところに目を向けろ』とも言っている。例えば繊維ビジネスの在庫管理では販売する布の長さを1センチ単位で計る。数円単位でコストを計算し、10円や100円でお客さまと丁々発止の交渉を繰り返す。地道な商いを積み重ねることが『稼ぐ』。総合商社というと一見、派手に見えます。ですが、当社の社員は常に頭を下げながら、日々お客さま目線で工夫、研究を繰り返す。それが商人の稼ぎ方です。大上段に構えていては商売などできません」
「社長になると誰でも何か頼るものが必要」
伊藤忠の商いの三原則、「か・け・ふ」は傘下の事業会社にも浸透している。 岡藤は「か・け・ふは事業会社にも浸透している」「三原則があるから考えてから相談に来るようになる」と言う。 「誰でも社長になったら孤独で、不安になる。特に最初はどうしたらいいのかわからん。考えることは業績を上げるには何をすればいいか。その時に『か・け・ふ』や、と。まずは稼ぐことを考える。次に削ることを考える。それから防ぐ。 三原則を自分なりに考えて、結論を持って僕のところに相談に来る。ただ、『どうすればいいんですか』と聞きに来るのではなく、自分なりの結論を持ってくるための道具が『か・け・ふ』や。 ある幹部の話やけど、客先と揉めて出入り禁止になった。 『どうすればいいか。行かない方がいいのではないかと思います』と言ったから、『いや、出入り禁止になっても行け』とアドバイスした。 行かなかったらいつまで経っても状況は変わらん。いいと言われるまで何回も何回も行くんだ。理論でもなんでもないけれども、僕の実際の経験から答えた。彼が『か・け・ふ』の原則を考えたうえで、自分なりの答えを持ってきたから、僕もアドバイスができた。 もうひとつある。僕が社長になった時、ある幹部が契約の話でブラジルまで行く、と。僕は言ったんや。ブラジルまでわざわざ行かんと、途中のニューヨークとかハワイで話をすることを原則にしたらどうか、と。ところが、本人はブラジル人の社長に遠慮しとるわけだ。客先でもあるからね。だが、ブラジルまで毎回行くと飛行機代もかかる。3日間も使う。どれだけしんどいか。 それで、僕は『今回は仕方ない。だが、次からは必ずニューヨークにすると決めてこい。そして、覚悟しとけよ。交渉をニューヨークにしたら、相手は必ず遅れてくる。相手はニューヨークまできてやったと主張したいから、絶対に遅刻してくるぞ。ブラジル人だけれど、宮本武蔵みたいなことをやるはずだ』」 案の定、次の交渉の時、ブラジル人社長は遅れてきて、しかも伊藤忠側の幹部をじらすためにマンハッタンのフィフス・アベニューを娘と一緒に散歩していた。 岡藤に相談しに来た幹部は岡藤の読みの鋭さに感謝した。 「ありがとうございます。岡藤さんのアドバイスを聞いていたから焦らず、待つことができました。佐々木小次郎にならずに済みました」 岡藤は「これが商人に必要な考え方だ」と思っている。 「商売の交渉現場では、わざと遅れてくる相手がいる。相手にとってはそれが作戦や。こちらは相手が遅れてくるとわかっていればそれでいい。焦ることがなくなる。だが、知らなかったら焦るに決まっている。 『場所を中間地点にしたから怒っているんじゃないだろうか』と。 そんなことはない。相手は与えられた状況で自分が有利になるように考えるもの。だから、こちらは相手の出方を予測しておく。焦らずに待てばいいし、あるいは逆に遅れていく手もある。僕はそういうことを営業の天才の峠さんから教わった。 商人として、我々は売る立場が多い。最初から、こちらの方が弱い立場ではある。だが、そこからが駆け引きだ。相手だって、欲しいから買うわけだ。先を読んで動くのが商人。稼ぐためには心理戦にも勝たないといけない」
「ブランドマーケティングに垣根はいらない」
グルメショップのディーンアンドデルーカをブランド化した時、当初、社内から異論が出たという経緯は前述した。 それを岡藤はどうやって交渉したのか。これもまた先を読んだ心理戦だった。 岡藤はディーンアンドデルーカを食品の店だけではなく、ショッピングバッグを始めとする雑貨などの商品展開をするべきと考え、商標権を獲得することにした。食品だけでなく、ファッションブランドとしても通用すると考えたからだ。 食品とファッションの融合には、ある先例があったのである。
野地秩嘉