パリ五輪、卓球女子団体金メダルへ 早田ひな「大事な場面で勝ち切る選手は『心・技・体・智』が揃っている」
パリオリンピックの卓球女子シングルス3位決定戦で申裕斌(韓国)を4-2で下して銅メダルを獲得した早田ひな選手。卓球女子団体は決勝トーナメントでポーランドに3-0と快勝し、このあと3:00から行われる準々決勝に駒を進めた。2月の世界選手権では絶対王者・中国に2-3と肉薄したのが記憶に新しく、金メダルへの期待がかかる。日本のキーマンである早田ひな選手が勝ち切る選手について、2022年12月に語ったインタビューをここに掲載する。 [女性向けトレーニング雑誌『Woman's SHAPE vol.25』より]
2022年12月下旬、練習および生活拠点である大阪・東貝塚の日本生命体育館を訪れた。その日、念入りなウォーミングアップを終えた早田は午前中いっぱいを費やし、実戦形式で短いラリーを繰り返した。シンプルに技術や戦術の確認作業と見えたが、練習後にまずそこから話を振ってみると、返ってきたのは意外な答えだった。 ──午前中ずっとやっていたのは、戦術のおさらいのようなものですか?コーチたちとも練習後、かなり話し込んでいましたが。 「あえて自分を不利な状態にして練習試合を行うことで、実際の試合の時のプレッシャーが感じられるかどうか、いろいろ試行錯誤しているんです。今日の練習試合でいえば11本のうちの2本のサーブに関して、相手が攻めやすのですが、やっぱり本番で緊張しているときに感じるプレッシャーとはまたちょっと違っていて。でも、同じところにサーブを出すことで、自分のパターンは作りやすかったという結論になりました。分かりづらいですよね。うまく説明できなくてすみません!」 ──いえいえ、もちろん技術的な深い部分まではわからないですが、究極の緊張状態を強いられる本番でのメンタルを練習で再現するということですよね。 「はい。今は技術的な部分では感覚がだいぶ合ってきて、できるようになってきたプレーも多いのですが、試合になると『この選手とはこの半年当たってないな、何か変わってきているのかな』とか、『ここに打ったら相手が攻撃してきそう』とか、ちょっとしたプレッシャーが絶えずかかってくる。そのメンタルのなかで練習と同じようにいろいろな技術ができるようになりたいと思って今、やっています」 ──そういえば、サッカーのワールドカップではメンタルの強さが問われるPKのシーンが話題となり、専門家の間でもPKの練習に関してさまざまな意見が出ていました。 「どんな意見がありましたか? 何か結論は出たんですか?」 ──いえ、元日本代表でも練習を積んでいた方もいれば「同じメンタルは作れないので、ほとんど練習しなかった」という方がいましたね。 「そうですよね。すごく深くて、すごく難しいと思います。でも、私はやっぱり作らないと、と。ワールドカップもオリンピックも4年に1回。その限られた舞台で、それをやらなかったことが理由で負けて後悔したくない。そこを突き詰められるのであれば突き詰めて、乗り越えて勝負したいという気持ちが自分のなかでは強いです」 ──国内の熾烈な代表争いを勝ち抜き、さらに強豪・中国に割って入ってメダルを目指そうとするなら、やはりそこまで徹底的に技術やメンタルを追求しなければならない? 「普通にやったら自分のサーブが決まるところでも、世界のトップにいくとそれを何とか(台に)入れてきたり、対応能力が本当に高いので、その場面により近づけるためにも自分を不利にする練習試合が今は近道かなと。いいか、悪いかはわからないけれど、そうやって人間て…何かに挑戦することが大切なんじゃないかなって。それが本来の目的とは違う練習になったとしても、自分の中にまた違った、新たな発見も見つかると思うので、どんな挑戦も無駄にはならないと思って日々やっています」 ──いきなり卓球という競技の繊細で深い部分に触れた気がします。名門の石田卓球クラブで4歳からラケットを握ったそうですが、当時は卓球のどんなところに惹かれ、夢中になったのでしょう。 「私の姉が卓球をやっていて、最初は『お姉ちゃんと一緒に卓球がしたい』というのが一番大きかったと思います。それに、とにかくボールを打つことが楽しくて、入る、入らないに関係なく打っていた気がします。その感覚が今の攻撃力や性格的な部分にもちょっとつながっているかもしれません」 ──当時から早田選手をそばで見ていた石田大輔コーチも「卓球を始めた頃から、ひなが適当に練習している姿は一度も見たことがない」と。 「怪我で練習できない期間があったりするなど、いろいろな経験をするなかで、『やっぱり自分は卓球がめちゃくちゃ好きだな』と思うタイミングがけっこうあるんです。もう、根本が卓球大好きなんだろうなというのは、18年やってきた今でも常に思いますね」 ──18年の卓球人生のなかで転機となった試合や出来事はありますか。 「今振り返っても、東京オリンピックに帯同させてもらった、あの期間は私のキャリアにとって一番意味が大きかったですね。その前にも自分が変わるタイミングはいろいろありましたが、その時はまだ感じ方が浅かったと思うんです。でも東京オリンピックの時は、自分がだんだんトップに近づいて、練習することも絞られてきて、より難しくなってきたタイミングでした。そういう時にオリンピックを見ることできて、卓球に対する考え方もとても深まりましたし、自分自身も意識をもってメンタルづくり、身体づくりなどにも取り組めるようになりました」 ──リザーブとして帯同した東京オリンピックでは、代表選手たちを献身的にサポートする姿が印象的でした。代表を逃してから、気持ちはすぐに切り替えられましたか? 「東京オリンピックの時は、悔しいという気持ちはもう全くなくて。オリンピック(代表)の選考で最後に落ちた時、悔しい気持ちももちろんありましたが、『やっぱりそうだよな』という気持ちも正直あったんです。いろいろな技術も劣っていたし、精神的な部分や食事、トレーニング面などもそうですし、『オリンピックに出ても恥ずかしい思いをするよな』って」 ──傍からは僅差での代表漏れに見えても、ご自身の中ではまだ「ふさわしくない」と感じていたのですね。 「だからこそ、今は『やっておけばよかった』という後悔をしないように、オリンピックにふさわしい選手になるために練習を積み重ねている感じです。その意味でも東京オリンピックの存在は大きかったですね。自分の肌で感じたことで、これからどうしていくべきかということが明確になってきたので、リザーブで参加させていただけて本当によかったなという思いです」 ──ご自身のSNSでは「大事な場面で勝ち切る選手は『心・技・体・智』が揃っている」と。 「オリンピックで自分の実力が出せて世界一を取る人というのは、本当にいろいろなことを乗り越えて、最後は自分に自信を持って戦っている。それが、自分の目で見て一番感じたことのひとつですね。その自信をつけるまで徹底的に練習やトレーニングを重ねてきたからこそ、どんな場面でもメンタルが崩れることなく心・技・体・智が揃い、最後にポンと抜けられたり、一瞬冷静になれたりする。そういう人が勝利をつかみ取っているんだろうなと感じましたし、私もそういう人間でありたいと思っています」 ── 「トレーニング」という言葉が出ましたが、早田選手は卓球界でも比較的早い時期に専属のフィジカルトレーナーをつけたそうですね。 「初めてみていただいたのは中学2年生の時ですが、一般的なフィジカルトレーニングから始まり、だんだんとトレーニングの中に卓球の動きを組み込んでもらうようになりました。身体の部位を意識しながら教わるうちに、自分でも筋肉や関節の構造を理解するようになって、すべてが連動するようになったのがここ1年か1年半くらいですね」 ──プレーの中でトレーニングの成果が実感できたことはありますか。 「本当にたくさんあるんですけど、たとえばバックハンドにしてもフォアハンドにしても筋肉の部位を意識するだけで違ってきますよね。私はもともとそんなに力があるわけではなく、手足が長い分、力を出すまでに時間がかかるタイプなんです」 ──石田コーチも 「昔はゴボウのように細くて、関節の柔らかさや腕のしなりでパワーボールを打っていた」とおっしゃっていました。 「そのパワーをより効率的に出すために、トレーナーに力の入れ方やスイングの方向性を教えてもらったことで、フォアハンドもバックハンドも一気に力を出したい時にスピードが出るようになりました。あとは(ラケットの)面のとらえ方。手だけで面をとらえるのではなく、腹筋など身体の中のほうから力を出す感覚を教えてもらうことで体幹が安定して、手元も狂わなくなりました。面でとらえる感覚も研ぎ澄まされ、それを音で覚えるのもやりやすくなりましたね」 ──ボールがラケットに当たった時の音を記憶しておくのですか? 「そうです。当たった音の感覚を覚えておくと、どんなに競り合った難しい状態でも、『これくらいの音で打てれば基本入るな』という感覚を持てるんです。もちろん、その音は人によって違いますし、ラケット表面のラバーなど用具によっても違いますが、私はもともと音を聴き取るのがうまいほうだと思います。 ──秒速で繰り広げられる卓球のラリーは、五感を研ぎ澄ませた者同士だからこそ成立するのですね。ちなみに、ふだんの筋力トレーニングで行っている種目にはどんなものがありますか? 「たとえばスクワット、ベンチプレス、ラットプルダウン、アームカール、トライセプス・エクステンション、あとはランジなどもやりますし、基本的にはあまり凝ったことはやっていません。ただ、意識のしかたにはいつも気をつけています。鍛えたい部位を意識しながらやるだけでも筋力アップするということも分かっているので、無駄な労力を使わず、やったぶんだけちゃんと身体に刺激が入るように、効かせる部分に100%集中することを心掛けていますね」 ──食事面で気をつけていることなどはありますか。 「練習をしながらでも常に身体の状態が維持できるようにアミノバリューを飲むようになってからは、練習の質が上がりましたし、その中で量もこなせるようになり、それが技術の精度にもつながってきています。その意味では自分の卓球人生の中でもかなり大事な転機になりましたし、助けられている部分は大きいですね」 ──来たるパリ・オリンピックに向け、2023年はまさに勝負の年。国内外で代表争いを左右する重要な大会が続きますね。 「試合が続きすぎて、試合のために練習するということの繰り返しになると、フィーリングや感覚がどんどん薄れていくかもしれないし、それが負けに繋がってくることもあると思います。だから、どこかで1回深く深呼吸をして見つめ直す時間を入れていきたいなとは思っています」 ──流されることなく、先ほどおっしゃっていた「心・技・体・智」を整える時間も作っていこうと。 「そうですね。より忙しくなっていく中でも焦らず、追い立てられることなく自分自身をコントロールして、1年間つねに結果を出せていけたらいいなって思います。とはいっても、人間そんなにずっと勝てる人なんてなかなかいないと思うので(笑)、そういうところは勝負の面白さだと思って、また1年、チャレンジャーの気持ちで頑張っていけたらいいなと思います」 ──本日はありがとうございました。最後に、改めてパリ・オリンピックへの思いをお聞かせください。 「日本はかなりレベルが高くなってきていて、自分自身も今は代表選考ポイントで1位になっていますが、その結果もいつひっくり返されるかもわからないですし、自分自身がパリ・オリンピックに行けるかも本当にわからない。でも、その一つひとつの勝負を思いっきり楽しんで、自分自身がその時々に決めた目標と、その大会での目標を常に達成していけるように頑張りたいです。そしてオリンピックに出られた時は…たぶん自分が後悔をしないように練習を積んできていると思うので、オリンピックの試合でも『後悔をせずに試合を終えることができた』と言えたら、やっぱりそれが一番ですよね。もちろん、目標は団体でもシングルスでも金メダルを取ることですが、まだまだ壁は高いので、自分自身が納得いくまで練習して、オリンピックで少しでもいい結果が出たらいいなって思います」
取材・文:藤村幸代 撮影:丸山剛史