『オッペンハイマー』に現れたノーラン史上最大の“密室空間” 賛否を分けた演出を整理する
ノーラン的な「密室」「箱」のイメージ
それでは最後に、作家論的な切り口から、過去のノーラン作品との繋がりについても紹介しておこう。 『ダンケルク』、『メメント』、そして『インセプション』など、すでにここまでにも、『オッペンハイマー』には過去のいくつものノーラン作品との繋がりが見え隠れしている。他にも象徴的なモティーフを探すとすれば、「密室」や「箱」のイメージが当てはまるだろう。 拙著『新映画論 ポストシネマ』(ゲンロン叢書)でもすでに指摘したことがあるが、初期の習作的短編『Doodlebug(原題)』(1997年)や長編デビュー作『フォロウィング』(2001年)から前作『TENET テネット』(2020年)まで、ノーランは「密室」という舞台装置や「箱」というガジェットをつねに作中に好んで導入してきた。それは『プレステージ』(2007年)の奇術師の使う箱や『TENET テネット』の時間逆行装置、『ダンケルク』で兵士たちが潜り込む浜辺の船などを想起すれば一目瞭然だろう。同様のテマティックなイメージは、もちろん『オッペンハイマー』でもいたるところに認められる。「箱」のイメージは、マンハッタン計画のトリニティ実験で原爆が詰められる木箱や、タトロックが湯船に切った手首を入れて自死を図る浴槽に見出せる。また、「密室」のイメージであれば、文字通り、オッペンハイマーが尋問のために長時間閉じ込められる公聴会の室内がすぐに思い浮かぶだろう。さらになんといっても、原爆開発という超極秘任務のために、外部世界との接触を断ち、ニューメキシコ州北部の広大な土地に研究所を含む一個の町を作ってしまったマンハッタン計画の「ロスアラモス」こそ、ノーラン映画最高にして最大の「密室空間」ではないだろうか。この点において、本作は紛れもなく、ノーラン作品の真髄が込められているとも言えるのだ。 ついに全貌が公開された2020年代最大の問題作にして傑作を、ぜひ劇場のスクリーンで堪能してほしい。
渡邉大輔