リアルな「ハニートラップ」の手口とは? 元公安捜査官が語る、知られざるスパイの世界
先進国の中で唯一「スパイ活動防止法」がない日本。これはすなわちスパイ活動によって国の機密情報が盗まれても、スパイ行為自体を取り締まり、逮捕する法律がないことを意味する。いまや一般市民でさえもスパイに狙われ、「スパイ天国」とまで揶揄される日本で、スパイから身を守るためにはどうすればいいのだろうか。 そこで今回紹介したいのが『警視庁公安捜査官 スパイハンターの知られざるリアル』(幻冬舎)。著者である勝丸円覚氏は元警視庁公安部外事課所属であり、ドラマ『VIVANT』(TBS系)では公安監修も担当している。同書は、スパイハンターとして活動してきた著者自身の経験から、知られざるスパイの手口やスパイを見破る手の内を具体的に紹介した一冊だ。 スパイの手口や捜査の内容を一般市民に明かすことは、逆にスパイ側に対策を取られてしまうリスクも考えられる。実際に勝丸氏が現役だったころは、民間人にスパイの手口や捜査エピソードを伝えることは厳禁だったという。しかし令和4年(2022年)5月に「経済安全保障推進法」が成立したことで状況が変わった。スパイ活動が活発になった昨今、日本の最先端技術や軍事に転用される恐れのある技術を外国人スパイから守るためには、公安警察だけの力では限りがある。より多くの民間人にスパイに関しての知識や情報を知ってもらうことが、スパイ活動に対する抑止力になるのだ。 スパイハンターがスパイを尾行する際には、「強制尾行」と「秘匿尾行」の2種類がある。 強制尾行とは、ターゲットにあえて尾行に気づかれることでミッションの遂行を防止する目的で行われる尾行のこと。一方の秘匿尾行は、ターゲットに尾行されていることを絶対に気づかれてはいけない。一瞬の判断ミスが失敗につながる尾行において、公安捜査官はどのように訓練を重ねているのだろうか。 同書では公安部で定期的に行われている新人のための尾行研修について紹介している。研修では新人捜査官が3人1チームとなり、教官をターゲットのスパイに見立てて尾行を行う。新人捜査官は事前に集合場所や時間、ターゲットの特徴などを知らされ、実践さながらのカジュアルな服装でターゲットにバレないよう尾行を行わなければならない。ターゲットは電車に乗ったりデパートに入ったりと不規則に移動するため、新人捜査官たちはチームで連携を取りながら臨機応変な対応が求められる。 「研修場所に選ばれるエリアは、恵比寿、品川、上野の駅周辺が多い。理由は繁華街で行き交う人が多く、尾行研修中だと周囲にバレにくいこと、電車での移動がしやすいこと、さらに実際に外国人のスパイが集まるエリアであり、実践的な訓練ができるからだ」(同書より) 普段これらの駅を使用している人たちは、ひょっとしたら訓練中の公安捜査官とすれ違っているかもしれない。 また、映画やドラマでよく見られるハニートラップの手口についての紹介も。実際のハニートラップは、人間の心理を巧みに利用して仕掛けられている。 「心理学用語に『ザイオンス効果』(単純接触効果)というのがある。人は接触回数が多い人やものに対して心を開いて親近感を抱いてしまう、というもの」(同書より) スパイはザイオンス効果の心理を使い、罠にかける相手との距離を段階的に詰めてくる。少しずつ距離を縮めることで、相手を安心させ2人きりになるハードルを下げるのだ。 「二人で会うきっかけができたら、今度は『自己開示のテクニック』を使って、自分のことを話すことで相手からの信頼を得る作戦に出る。自己開示された相手は『これだけ自分のことを話してくれたのだから、こちらも何か話さなければ悪いな』と感じて、今度は相手が知りたい情報を話してしまうのだ」(同書より) ちなみにザイオンス効果が期待できるのは、接触回数10回までがピークと言われている。そのため10回会うまでに相手が引っかかってこなければ、ハニートラップは失敗したと言えるだろう。 同書では他にも知られざるスパイの手口や、日本国内や海外でテロやスパイに狙われないための対策についても紹介されている。犯罪やスパイ活動から身を守るためには、視野を広げ周囲を見渡す癖をつけることが必要だと勝丸氏は言う。些細な違和感にも気づける感覚を身に着けておくことで、危険を予防できるのだ。 日本に潜む世界各国のスパイは数万人にも及ぶと言われている。同書を通じてスパイの手口や思考に関する知識を深め、自分の身の安全や大切な情報を守るための対策を考えてみてはいかがだろうか。