チェ・ミンシク 「破墓」の悪霊「本気で怖がった」 「演技の神髄は、まねではなく信じること」
キャラクターは架空ではなく実在する
これまで、数々の賞も得た演技派。役へのアプローチの仕方に触れてくれたので、その極意に迫ってみた。「俳優は脚本家が作りあげた架空のキャラクターを演じるが、実際にいる人と思わなければいけない。大切なのは信じることだ。キャラクターやシチュエーション、2時間程度の物語を信じるかどうかで演技の濃さも、作品のクオリティーも変わる」 言葉に真摯(しんし)さと重みが加わる。「まねをすることと本当に信じることは、天と地ほど差がある。朴訥(ぼくとつ)だったり粗削りだったりしても、結果としてそうした形になるだけで、信じて演じるのが俳優だし、そのこと自体に大きな価値がある」と語った。 「俳優が役を信じて出てきた言葉遣いや呼吸、まなざし、動き、姿勢なら観客も信じ、受け入れてくれる。演技やサウンドから作品を理解し、歩み寄ることができる。そうした心構えで演じることが大事で実力にもつながる」。話の途中で「自分がそうだと、自慢しているのではない」と謙虚さも見せた。「そうした俳優になりたいと努力している。まだまだ、三流です」とほほ笑んだ。
やってみたいのはラブストーリー
真摯な受け答えと丁寧で穏やかな話し方、柔らかい口調とユーモアにひきこまれた。威圧的とはほど遠い。キャリア35年を過ぎて俳優業へのアプローチにも変化が出てきたという。 「多くの人に会い、経験を積んできたので、どんなキャラクターでも、どんな状況でも、あせらずに余裕を持って見ることができるようになった。考えてみたら、年を重ねてそれができないというのも問題。以前はひたすらがんばらないといけないという気持ちが先走っていたが、今は自分を客観的に見るよう努力している。同時に、作品に対する意欲もどんどん高まっている」 本作でもこれまでなかった役に挑んだが、さらに〝やってみたい役〟を聞くと、間髪入れずに「恋愛もの」と一段トーンの高い声が返ってきた。「といっても、青春を謳歌(おうか)する男女が、すてきなカフェでエスプレッソを飲みながら見つめあうようなラブストーリーではない」と前置きし「私ぐらいの年齢の人が経験しうる愛」という。自身は62歳。「ある日突然、愛する対象が現れるが、それは本物の愛か、ただの欲望か。この年齢で誰かを愛する気持ちが芽生えるのか、心の中にそうした火種やぬくもりがあるかといった愛の物語を演じてみたい」。魅力たっぷりに語る姿は、すでに演じる心の準備ができているかのよう。「愛にさまよっているチェさん、みたいですね」と返すと、「私もそう思います。映画の中だけの話です」と声を弾ませた。
映画記者 鈴木隆