「ケア」をめぐる話が、思いもよらぬ「過激な結論」にたどり着いたワケ
医学系出版の大手・医学書院。そんな名門から、医学書とも人文書ともつかない“異端のシリーズ”が刊行されていることをご存じだろうか。 【写真】「ケア」をめぐる話が、思いもよらぬ「過激な結論」にたどり着いたワケ そのシリーズの名は〈ケアをひらく〉。2000年の創刊以来、ジャンルの垣根を打ち壊す刺激的なラインナップを連発し、話題を呼んできた。2019年にはシリーズ全体が毎日出版文化賞を受賞している。 2024年3月、そんな「伝説」のシリーズをたったひとりで手がけてきた編集者、白石正明氏。その退職にあわせて、〈ケアをひらく〉の軌跡を振り返るイベントが、東京・下北沢の「本屋B&B」で3週連続で開催された。 本連載では、その模様をダイジェストでお届けする。今回は、『どもる体』の著者・伊藤亜紗氏とイラストレーターの三好愛氏、白石氏が登壇した初回である。 (構成:高松夕佳)
「どもる体」をどう描くか
伊藤亜紗氏(以下、伊藤) 白石さんが立ち上げられた医学書院のシリーズ〈ケアをひらく〉のスタートから、今年で24年なんですね。 白石正明氏(以下、白石) はい。2000年に1冊目の『ケア学―越境するケアへ』(広井良典著)を出して、現在までで43冊なので、1年に2冊ほどのペースで刊行してきたことになります。 伊藤 私たちはその中の1冊、2018年に出版された『どもる体』チームです。私が文章を書き、三好さんが装画を手がけ、白石さんが編集してくれました。 白石 伊藤さん、三好さんの装画のラフスケッチを初めて見たとき、大笑いしましたよね。 伊藤 そう。本の「あとがき」にも書きましたが、衝撃的だったんです。まずその前に、装画を誰にお願いするかを話し合っていたとき、三好さんの御名前が挙がったのにも驚いて。三好さんの絵って口がないじゃないですか。吃音の絵をどうやって描いてもらうんだろう、と。 三好愛氏(以下、三好) そうなんですよ(笑)。装画を手がけるのは『どもる体』が初めてだったので色々な不安があったのですが、中でも口がない絵で大丈夫なのか、というのは心配でした。 白石 ああ、今気づきました。口ないですね(笑)。考えもしなかった。 三好 この後にも、装画も含めていろいろ描いていますが、口はほとんどないんです。 伊藤 なぜいつも口を描かないのですか? 三好 人の顔って、口をかくと個性を帯びてしまうというか、「個人」になってしまう気がして。私は人間を描くときも最低限、「生き物である」と分かるくらいのラインを保ちたいんです。学生時代に描いていた絵は、目もないくらいだったので。 白石 へえ。 伊藤 つらい思いをされている方がたくさんいるので当然なのですが、吃音の本は心のつらさに寄り添った内容になりがちです。でも私は、むしろ「体」にフォーカスしたかった。いっそ、「ヤバい本」って思ってもらいたくて(笑)。なので、装画で重視したのも、そのヤバさを表現してくれるか、という点。その意味で、三好さんの絵はぴったりでした。 三好 ありがとうございます。「伊藤亜紗さんの書かれた、吃音を通した身体論の本です」というご依頼をいただいたとき、「吃音を通した身体論?」と首を傾げたのですが、原稿を読んだらめちゃくちゃ面白くて。 伊藤さんの文体って、すごくプレーンですよね。平易な言葉で、いろんな人の体のことがすごく細かく書かれている。読んでいると、なぜだかすごく多幸感に包まれるんです。あの装画は、そのフワーッとテンションが上がる感じを大事にして描きました。 白石 ああ、そう言われると、フワッとしてますね。『どもる体』の中で、美術家の高嶺格さんが「言葉が出てきてほしいときに体が口から出てきてしまう」と言っていましたが、そのまんまですよね。 三好 そうですね、高嶺さんの言葉を直訳したような絵です。 伊藤 「まんま」とか「直球的なこと」が最も豊か、というのは、いろんなことで言える気がします。三好さんの装画については、まずその直球な感じに圧倒されました。 と同時に、すごく吹っ切れたんです。つらさを書いた本にしたくないと言いつつも、私自身、吃音の当事者なので、それについて書くとなると、やはり相当のしんどい気持ちを抱えていました。そんなところに、あのような爽やかな絵がきたので(笑)。 白石 それで大笑いしていたんですね。初めてこの3人が会議室に集まって、「これが装画です」と見せた途端に、伊藤さんが大笑いして。あれは本当に印象的でした。 伊藤 あれは「痙攣」ですね(笑)。