東京国際映画祭閉幕前日に映画記者の心に突き刺さった「映画は富裕層の娯楽」の声
<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム> 今年で37回目を迎えた東京国際映画祭を、開幕から毎日、足を運んで取材してきた。その中、どんなに有名な監督、俳優の言葉より強烈なひと言を浴びたと感じ、心に突き刺さったのは、閉幕前日の5日に開催された、エシカル・フィルム賞授賞式での質疑応答だった。 エシカル・フィルム賞とは、映画を通して環境、貧困、差別といった社会問題への意識や多様性への理解を広げることを目的に、23年に新設された。今年の審査委員長には俳優、映画監督に加え、被災地や途上国での移動映画館や撮影現場での託児所プロジェクトを展開する、斎藤工(43)が就任。斎藤と、学生応援団審査委員として大学院生2人、大学生の3人が審査委員会を結成し、ノミネートされた3作品を鑑賞、審査した。 受賞作品に選ばれたのは、ベナン・フランス・セネガル合作映画「ダホメ」。西アフリカのベナン共和国にかつて存在したダホメ王国から、フランスに接収された美術品が返還される過程を追ったドキュメンタリーで、今年2月にドイツで開催された世界3大映画祭の1つ、ベルリン映画祭で最高賞の金熊賞を受賞した。 斎藤は、審査会を振り返り「自分なりの順位は持っていたけれど、審査会で変動する。皆さんは学生という立場であっても映画人。有意義だった」と、学生応援団審査委員の映画への深い見識を評価。「集中して作り手の思いをくみ取った。改めて作品を見たくなった、素晴らしい審査会だった」と絶賛し「様子を録音しておりまして、どういう形になるか分かりませんが、プロセスを公開したい」とまで明言した。 さらに「(映画館で一定時間、見なければならない)映画は、拘束される時間とも捉えられるのかな? と思うんですけど」とも語った。ノミネートされたドイツ・フランス合作のドキュメンタリー映画「ダイレクト・アクション」が212分、3時間32分にも及ぶ長い尺の作品だった。その上、3人の学生審査員と同世代の若者たちが、TikTok(ティックトック)などの短い配信映像を楽しむ世代であることを踏まえての発言とみられる。 「この長さの映画を見たことがない。新しい映画体験」(慶大3年の河野はなさん) 「10分ちょっとあるなど、1カットも長い」(国際基督教大大学院1年の縄井琳さん) 「長さ自体に意味があり、生活をかいま見せてもらっている感覚。映画を見ている感じではなかった」(筑波大人間総合科学学術院1年の佐々木湧人さん) 学生応援団審査委員はそれぞれ、映画としっかり向き合っていると感じられる発言を口にした。 その後、取材陣や一般の参加者に向けた質疑応答の時間になった。すると、客席にいた1人の女性が手を上げ、口を開いた発言を聞き、その場で打ちのめされたような思いになった。 「映画は富裕層の娯楽という認識がある。一般人が広げるのに簡単にできることは?」 女性が指摘した通り、映画鑑賞料金は近年、値上げが続いている。大手シネコンチェーンのTOHOシネマズが、23年6月に料金を一律100円値上げしたことを受け、その他のシネコンチェーンや映画館も追従した。シネコンチェーンや各映画館によって、若干の差はあるが、TOHOシネマズの一般料金は2000円。そこに、飲食代、グッズ代等々が加われば…カップルや家族連れで行けば、4、5000円はくだらないだろう。 TOHOシネマズは、23年5月に値上げを発表した際、理由としてエネルギー価格の高騰、円安による仕入れコストの上昇、アルバイト人件費を中心とした運営コスト増や、各種設備投資における負担増を挙げた。昨今、食品、生活用品の果てまで総値上げ状態の中、映画を1回、見るチケット代だけで1800円~2000円、特殊であったり高級な視聴環境がウリの劇場では、1回の鑑賞料金が4000円超というところもある。価値観をどこに見いだすかは、人それぞれにしても、質問した女性が口にした「映画は富裕層の娯楽」という認識は、市井の人々の感覚としては極めて妥当だろう。 学生応援団審査委員の佐々木湧人さんは「大学で研究として、高齢者の地域サロン、コミュニティーで『男はつらいよ』などを上映しています」と自身の活動を紹介。「(高齢者は)一番の娯楽が映画だった時代の方なので(映画を見たという)共通の思い出を、楽しそうに語り合っている」と説明した。 一方で「若い世代では、映画は共通の思い出にならない。それぞれ、違うものを見るので」とも語った。現代は、新作映画も公開から半年もすれば大手配信プラットフォームで配信がスタートする。安ければ月額数百円を払えば、映画館に足を運ばすとも自宅で、それも好きな時間に映画を見ることができる。人生の、それぞれの時代の共通の話題として、1つの映画を見た感想を語り、記憶を共有することは、どんどんなくなっていくのだろう。映画というエンターテインメントの置かれている状況が変わってきていることを示唆した発言だった。 映画館という同じ空間で、見ず知らずの人が真っ暗な中、同じ作品を見る。そうして得た感動、感情を共有する映画館での映画体験は、プライスレスだと信じて日々、映画の取材を続けている。いくら自宅に大画面のテレビや、スクリーンを設置し、音響を整えたにしろ、映画館と同じ体験などできはしない。 とはいえ、一般の人が「富裕層の娯楽」と口にしてしまう、映画のすばらしさを、どう伝えていくか…。首都・東京で「アジア最大級の映画祭」と掲げ、開催されている東京国際映画祭の会場で、考え込んでしまった。東京国際映画祭の市山尚三プログラミング・ディレクターは「映画祭の役割も大きくなる。自分としては、こういうところが面白いと理由があり、なぜ選んだか説明できる。ここは大事にしている」と、作品選定のポイントを語ったが、映画を見てもらう間口を広げることは、考える必要はあるだろう。 トークの中では、映画を見るきっかけ、ポイントが口コミか、それ以外か…という部分にも話が及んだ。映画をメディアとして、どう伝えていくか…それが映画メディアに課せられた課題だろうと痛感させられた。【村上幸将】