芥川賞作家・金原ひとみさん「デビュー作受賞のおかげで、賞狙いの小説にならなくなった」|美ST
時代や環境、自分自身の変化の中で、書きたいことは次から次へと生まれてくる
小説家になってからの20年、目まぐるしく色んなことがありました。長女を出産し、ほとんど産休もとらずに小説を書き続け、保育園に預けて時間を確保しながら、時には睡眠時間を削りながら書き続けました。東日本大震災の後はフランスに移住して生活をしましたし、日本に戻ってきた数年後にはコロナ禍も経験しました。そうした中でも、本当に有難いことに、コンスタントに小説を発表できています。 書き続けられるかという不安、ですか?長い小説を書き終えた時などは、燃え尽きたような感覚に陥ることはあります。最近だと『YABUNONAKA』という連載小説を書き終えたのですが、その後少し鬱っぽくなってしまって。2年近く続けていた連載だったので、ちょっとだけ休もうかな、と思って休んだら、ますます鬱っぽくなってしまったんです。こんなことなら普通に仕事を入れればよかった、と(笑)。そしてまた小説を書く生活に戻っていく。一つの小説を書き上げ、「もうこれ以上のものは書けないかもしれない」と思っても、挑戦を続けた偉大な先人や今もなおそれを続けていらっしゃる先輩の小説家がたくさんいます。「あの人はあの年齢でコレを書いたんだよな」と思うと、自然と勇気のようなものが湧いてくるんです。時代や環境や私自身が常に変化をしていくし、その過程で書きたいことがどんどん生まれてくる。 変化でいうと例えば、過去の小説では生々しい男女の恋愛という世界観、例えばセックスやいがみ合いや喧嘩などのシーンを扱うことが多かったのですが、最新刊の『ナチュラルボーンチキン』では、主人公とその相手を安易に恋愛という枠に括りたくはないなと思っていました。 時代の変化でいえば、『アンソーシャルディスタンス』という小説は、コロナウイルスの情報がまだ乏しい時期、ロックダウンするのか否かというタイミングで執筆をしました。あの外にすら出られない、人に触れられない状況の中で、「人間がこれまでの人間とは別物になってしまう」のではないかという恐怖心を覚えました。それと同時に、「書き留めておきたい」という強い衝動も。未曾有の事態を前に、人はどのようになっていくのか……。その時々の空気感を言語化して、小説として表現し記録するという使命感が、私の創作意欲に直結しているんです。そしてなにより、これまで小説を途切れず書き続けてきたという経験が、これからの私を支えてくれるのだと思っています。 撮影/鈴木章太 取材/キッカワ皆樹 編集/浜野彩希