「笑いと福祉の融合」をテーマに福祉施設を運営する河本桂さん

　北九州市小倉南区で、お笑い芸人を自称する社長が障害者の就労支援施設を運営しているという。なんでも、漫才の日本一を決める「M－1グランプリ」でいい線まで行ったとか。「笑いと福祉の融合」をモットーに、利用者を楽しませながら事業を広げるエンターテイナーを訪ねてみた。 【写真】イベントで漫才を披露する河本さん親子 　施設に到着。同じタイミングで奇妙な格好の男性が登場した。全身黄色の衣装を身にまとい、黒と金髪の派手なカツラに仮面、両目には異なる色のカラーコンタクト…。まるで、コスプレイベントや大道芸の会場にいそうないでたちだ。 　「え！社長？　誰か分からんかったー」 　驚く利用者の反応を見て、したり顔をするのが、就労支援施設などを運営する「架け橋」社長の河本桂さん（49）。登場で“つかみ”を終えた後は一人一人に声をかけていく。「誰が一番イケメン？」と振ると、利用者が「社長！」と笑いながら応じる。お決まりの“ネタ”だが、その場の利用者にも、スタッフにも笑顔の花が咲いた。利用者の30代女性は「社長が笑わせるから毎日が楽しい」と語り、河本さんは「うちは看護師がいて、福祉士がいて、漫才師までいる施設なんです」と胸を張った。 　　　　　×　　× 　幼い頃から、漫才番組を見てネタをノートに書き写すほどのお笑いフリークだった河本さん。20年前にはギター侍でブレイクした中学、高校の同級生、波田陽区さんに刺激され、息子の悠さん（当時3歳）と漫才コンビ「はじめてのお笑いK＆U」を結成し地元のイベントの舞台に立った。 　河本さん「（悠さんの手を見ながら）その指輪、いくらしたん？」 　悠さん「安いよ。パパのお小遣いぐらい」 　河本さん「赤っ恥や～ん」 　親子の軽妙な掛け合いが受け、他のイベントへの出演依頼が次々と舞い込み、全国放送のバラエティー番組でも漫才を披露した。2005年にはM－1に挑戦し、プロの芸人でも残ることが難しい3回戦（現在の準々決勝）まで進出した。コンビは長期活動休止中だが、M－1出場経験は「誰かを笑わせたい」という思いを揺るぎないものにした。 　　　　　×　　× 　実は河本さん、福祉の業界に入ってまだ8年だという。14年前、会社員を辞めて転職活動をしたが、うまくいかずに心を病んだ。無職期間を経て、ようやく就職できたのが福祉施設だったという。しかし、その施設が不祥事を起こして急に閉鎖となりリストラに。やむにやまれず、18年に同僚数人と立ち上げたのが架け橋だった。 　開設に当たり、運営方針の中心に掲げたのが「笑い」だ。「施設に来るのが面白ければ楽しんで作業ができ、スキルアップや自立にもつながる」と信念を話す。また「一度（心を病んだ）経験があるから、利用者の気持ちに寄り添えるところもあるんです」。ボケなしの偽らざる思いだ。 　　　　　×　　× 　「笑う門には福来たる」を地で行くように事業は成長してきた。施設で受託生産している、多彩な味で人気の「ジェリーズポップコーン」は好調な売れ行きを維持。仮装をした河本さんが「売り子」としてイベントに出向くと飛ぶように売れ、サッカーJ3ギラヴァンツ北九州のホーム戦では1日600袋を販売したことも。 　2年前には、利用者が焙煎（ばいせん）したコーヒーなどを売るアンテナショップを小倉北区の娯楽施設に開設。大相撲巡業などのイベントに出店する飲食関係者を統括する仕事も請け負うなど事業の幅は広がった。 　その結果、月額平均工賃（昨年度実績）は5万円超と福岡県内トップクラスに。開設時に5人だった利用者は約60人に増えた。「笑いって、みんなを幸せにする」。これからも自身の「お笑い道」をまい進しながら、障害のある人と社会の架け橋を作っていくつもりだ。　（壇知里）