「人間じみた浪花節」…今日も世界のどこかで全速力で「人生の旅」を楽しむ男/元オリックス・マエストリ「カルチョの国から」08
真のエンターテイナー
話は変わるが今回久々に球場に行き、球団関係者からいろいろなお話をうかがうことができた。これまでの「B'sガール」ではなく、新たに男性も入った「ダンス&ボーカルユニット」が試合を盛り上げる。ジェンダーフリーが叫ばれる今の時代にあっては、少なからず女性だけのユニット運営に対しネガティブなコメントが入るのだという。今までの英語だけの球団通訳ではなく、ダイバーシティの観点から、新たにスペイン語通訳を配置する必要があるという。 その通訳といえば、選手や家族の生活のお世話も当然で、これまでは球場と住居の間の車での送り迎えや、休日でも家族・友人の観光案内なんかもやっていたが、昨今は「契約に入ってないから」「事故等、万が一の時の責任問題になるから」と、以前のような「ケースバイケース」で「浪花節」な仕事ではなくなった……という。 われわれが経験した50年よりも前の50年世代の方からすれば、「時代は変わったな」と思われただろうから、当然これからの日本の野球を取り巻く環境だって、かなりの速度で変革が進むのでしょう。企業・団体も、前述のようなカタカナ概念やDX・ハラスメントといったものへの取り組み方ひとつでその企業価値や評価が上下してしまう時代。元通訳の藤田さんも「私はええ時代に仕事させてもらったけど、今はホンマにやりにくい時代になりましたな!誰のためのエンタメなんやら……!?」と。 社会学部であらゆる差別や争い等の問題を専攻していた身として、コレ! という固まった思想はあるものの、難しい話はさておき、単純に「人間が人間らしく本能的に生きる」「所詮、やってんのは人間やんか」の方向とは逆行しているような気がしていて、それだけにマエストリの「人間じみた浪花節」が私の胸には刺さる。 社会や時代から押し付けられた無機質な概念ではなく、人が人を愛し、互いをリスペクトすることが普通であることの重要さ。関わった皆を人間力で魅了させる、彼こそが今に生きる真のエンターテイナーなのかもしれない。 今回、急な申し出にも関わらずご対応をいただいたベースボール・マガジン社の皆さん、一般人の無茶な企画提案にも前向きに検討・対応いただいたオリックス球団の皆さん、本当にありがとうございました! ファンの皆さんを含め、皆が彼を囲んでうれしそうに笑っているのを側から眺めることができて、私も本当にうれしかったし、行動して良かったと思っています。 ちょうど一回り歳下の、当時19歳だった彼をイタリアで初めて見たのが20年前になります。 テレビでも新聞でも取り上げることがない、YouTubeなんてない、「何のお手本もない」イタリアで野球を始めて、何でこんなとんでもない球を投げるんだ!? と驚愕したのを覚えています。 「日本初のイタリア生まれイタリア育ちのプロ野球選手」 皆さんは想像できますか? そんな環境で育った少年が、最終的にNPBでプロ野球選手として主力で活躍する話。私はプロになれずに終わった「一応、野球経験者」レベルですが、今でも彼の成し遂げたことを簡単には理解しがたい! 最後に、私のイタリア行きや、マエストリの日本での生活を応援してくれた、尼崎の武庫之荘にお住まいでらしたイタリア人、ジローラモ・アバーテさん(コロナ禍に脳梗塞でご逝去)の奥様の恵美子さんから、何か思い出されたかのように、今朝ご自宅のアーモンドの木に花が咲いたと写真が送られてきた。 「主人が生きていたら、彼のこの活躍を本当に喜んでいたでしょうね」と優しい一文が添えられて。ジローラモさん! 大丈夫ですよ! Aleは今日も世界のどこかで全速力で「人生の旅」を楽しんでいます! 桜や金継ぎ、富士山に日の丸など、大好きな日本をいっぱい詰め込んだ始球式用グローブに、自筆で「日本は心のふるさと」を書き込んでいたことを、最後に皆さんにご紹介させていただいて、ペンを置くことにします。 PROFILE アレッサンドロ・マエストリ●1985年6月1日生まれ。イタリア出身。2005年に開催されたMLBヨーロッパアカデミーの1期生。06年の第1回WBCのイタリア代表に選出され、その後カブスと契約。4年間のマイナー生活を送るも2Aで終わる。アメリカ独立リーグ、オーストラリア、四国ILの香川を経て2012年途中にオリックス入団。NPB史上初のイタリア生まれ、イタリア育ちの選手の誕生となった。オリックスには15年まで在籍。NPB通算96試合登板、14勝11敗1セーブ2ホールド、防御率3.44。16年以降は韓国、BCリーグの群馬などでプレー。2020年に現役引退。3月に「カーネクスト侍ジャパンシリーズ2024」で侍ジャパンと対戦する欧州選抜の投手コーチを務める。
週刊ベースボール