朝ドラ『虎に翼』寅子が依頼人に避けられる本当の理由は? 結婚・出産しないと“非国民”の時代の生きづらさ
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』では第7週「女の心は猫の目?」が放送中だ。昭和15年(1940)10月、主人公・猪爪寅子(演:伊藤沙莉)は修習を終えて正式に弁護士となったが、1年経ってもクライアントに弁護を断られてばかりで燻っている。その背景には「結婚・出産してこそお国の為になる」という国策や、長年培われた「結婚して一人前」という既成概念が存在していた。 ■国家総動員体制のためとにかく結婚・出産を奨励する国策 寅子は一向に弁護を担当できず、勤め先である雲野法律事務所の雲野(演:塚地武雅)には「結婚前のご婦人には頼みたいのは弁護よりお酌だろうなあ」とまで言われる始末。山田よね(演:土居志央梨)は「ふざけるな」と憤るが、これが当時の社会通念だった。 昭和16年(1941)、寅子らの先輩・久保田聡子(演:小林涼子)が女性弁護士として初めて法廷に立つというニュースに沸いたが、それは純粋に彼女の能力が認められたわけではなかった。久保田が結婚・懐妊しており、長引く日中戦争や東南アジア方面への侵出によって男手が減るなかで女性が勤労も担うことが美徳というイメージを流布したかった……つまり一種のプロパガンダに利用されていたのだ。 同期であり淡い恋心の相手だった花岡悟(演:岩田剛典)とその婚約者との邂逅もあって「結婚しなければ一人前として認められない」という現実を思い知らされた寅子は、社会的信用を得るという目的のために両親に見合いを嘆願する。 昭和14年(1939)9月、時の阿部内閣厚生省は、ナチス・ドイツの「配偶者選択10か条」にならって「結婚十訓」を発表した。背景には、昭和12年(1937)から続く日中戦争や満蒙開拓移民等による出生率の大幅な低下がある。「晩婚を避けよ」「産めよ育てよ国の為」等の項目が盛り込まれ、「産児報国」「結婚報国」といったスローガンがあちこちに掲げられた。将来の国家総動員体制に向けて人口を増やすべく、とにかく早く結婚して子を産み、育てよというのである。 昭和15年(1940)には「国民優生法」が公布された。これは極めて差別的な法律で、遺伝性の精神病や身体疾患などを「悪質なる遺伝子」と定めたものだ。「国民素質の向上」を掲げ、人権を無視して遺伝性疾患の素質を持つとされた人々に対して不妊手術(優生手術)を強制するとともに、「健全な素質を持つ者」と規定された人々には人工妊娠中絶を制限した。 さらに昭和16年(1941)には「人口政策確立要綱」が閣議決定される。具体的には、初婚を男性25歳、女性21歳まで下げ、夫婦の平均出生児数を5人にするという目標が定められた。ちなみに寅子は数えで27歳になっている。 このような時代だったため、結婚・出産していない適齢期以上の男女は肩身が狭かった。「非国民」という侮蔑的な呼称の定義は「国民としての義務や本分に違反する者」や「国民としての観念が薄い者」だが、実際国を挙げて「産めよ増やせよ」の政策を推し進めるなか未婚であることは、まさに国に対して非協力的であるというレッテルを貼られる状況だったのである。 花岡が早々に別の相手との結婚を決めたのもこれが一因だろう。そして寅子が依頼人に嫌がられるのも、単に「女性なんて信用できない」というだけでなく、「弁護するのが国策に反している未婚の女性弁護士だなんて」というのがある。場合によっては裁判自体が不利に働く可能性も頭にあったのではないか。だからこそ、雲野も毎度大人しく男性弁護士へ交代させるほかないのだろう。 寅子たちの生活に徐々に侵食する戦争の気配は、彼女らが歩く地獄の道をさらに過酷なものにしている。そして残念ながらその問題は令和の世になっても未だ解決されたとは言い難いのである。80年以上前の世の中を見ながら、私たちもまた現代の地獄に想いを馳せてしまうのだ。 <参考> ■久留島典子・長野ひろ子・長志珠絵『歴史を読み替える ジェンダーから見た日本史』大月書店、2015年 ■河合雅司『日本の少子化 百年の迷走』新潮社、2015年
歴史人編集部