「今晩 泊めてください」なぜ見ず知らずの男を泊めるのか?家主が抱える“孤独”の正体 #令和の路上物語 #ザ・ノンフィクション #ydocs
一期一会の関係なら ありのままの自分でいられる
千葉・市川市で生まれ育った石田さん。「高校までは割と消極的な人間で、恥ずかしがり屋」だったそうだ。 そんな石田さんを変えたのは、大学時代の一人旅。父親の影響で見始めた旅番組「水曜どうでしょう」に憧れて台湾へ行き、出会った人と話したり、食事をごちそうになったりする中で、ありのままの自分でいられる旅の虜になった。 「旅のいいところって『一期一会』なんですよ。日常生活で色んな人間関係がある中で、人にどう思われるか気にしちゃうけど、旅先では何も自分を偽る必要がなくて、すごく楽だなって」 大学卒業後は「世界一周の旅をする資金を貯める」ことを目的に、大手企業に就職。実家で暮らしながら5年間で500万円近く貯金し、28歳の時に退職した。 ところが石田さんは、世界一周の旅には行かなかった。 「まずは日本国内から回ってみようかなと。普通に回っても味気ないので、どうせだったら『その土地土地の人の話を聞きながら行きたいな』と思って。『泊めて』って紙を持って立ってみたら。ハマってしまいました」 最初は「旅」のつもりだったが、今では、他人の家に泊まることが「生活」になっている。 泊めてもらいやすいよう、清潔感に気を使い、風呂上がりのスキンケアや日焼け止めも欠かさない。貯金は減る一方だが、働く気はない。節約のため、日中はファストフード店や図書館で過ごし、ヒッチハイクで移動している。
大晦日の夜に出会った「生きづらさ感じる」家主さん
2022年の大晦日。石田さんは大阪・梅田の街頭に立っていた。「さすがに今夜は無理なのでは」と思いきや、若い男性が声をかけてくれた。 男性は、福祉関係の仕事をしながらカメラマンをしている吉田さん(当時24)。クラブイベントに参加しようと梅田にやって来たものの、賑やかな雰囲気に気圧されて入る勇気が出ず、帰宅途中で石田さんを見かけたという。 アパートで一人暮らしをしている吉田さん。自宅に着くと、夕食の支度をしながら知り合って1時間足らずの石田さんに自身の「生きづらさ」を打ち明け始めた。 「元々高校の時からカメラを始めて 芸術大学に進んだんですけど、うつ病になって2カ月くらいで中退しちゃって。今は双極性障害、いわゆる躁うつ病を持ってて…」 昔から人間関係に悩むことが多く、「生きづらさを感じやすい」という吉田さんは、「年に数回『うつの波』がやってきて、人と話せなくなったり、仕事に行けなくなったりしてしまう」と語った。 人生の苦しみを口にする「家主さん」は少なくないが、石田さんが共感や励ましの言葉をかけることはない。吉田さんに対して「『うつの波』が来ると、どうなっちゃうんですか?」「年に何回くらいあるんですか?」などと問いかけ、聞き役に徹する。 その後、2人は紅白を見たり、年越しそばを食べたりした。「今年を漢字一文字で表すとしたら?」と他愛のない会話をする様子は、昔からの友達のように見えた。 新年を迎えた翌朝。 吉田さんに昨晩の感想を聞いてみると「僕の場合、人によっては自己開示しづらい相手もいるんですけど、石田さんはスーッと人の懐に入ってくる方ですごく話しやすかった」と笑顔を見せた。 家主さんたちにとっては、過度に干渉しない石田さんの距離感が心地良いのかもしれない。