『あいの里 シーズン2』は「擬似恋愛より疑似体験してほしい」 プロデューサーが目指す“リアリティ番組の理想形”
コロナ禍も終わりかけの2023年、彗星のように現れたかと思いきや、またたく間に話題が広がったシーズン1からはや1年。2024年11月に、Netflixで『あいの里 シーズン2』が配信された。参加権利は35歳以上の男女のみ。メンバーを中高年に絞ることで、他の恋愛リアリティショーにはない人生経験を持つ参加メンバーたちによる「考えさせられる恋愛リアリティショー」という地位を確立したあいの里。 【写真】『あいの里 シーズン2』の場面カット プロデュース・演出の西山仁紫氏は、元フジテレビのテレビマンとして、人間ドキュメンタリードラマを撮影し続けてきた人物でもある。そんな西山氏の耳には「厳しい意見」も届いているという。台本のないリアリティ番組を撮影した中で、西山氏が視聴者へ、本来届けたかった想いとはーー。 ・台本なしの恋愛ドキュメントバラエティでも「奇跡が撮りたい」 シーズン1の大きな反響を受け、今回はオーディションも大掛かりになったという。400名以上の応募者の中から、西山氏がキャスティングでこだわったのはやはり「中年層の恋愛」だった。 「実は今回の応募者は、7割が女性だったんです。シーズン1が話題になったので、恋愛番組に関心の高そうな、比較的若い層の応募が増えると予想していましたが、蓋を開けてみたら一番多かったのは50代の女性でした。50歳を超えると、婚姻歴がある人も子育てが落ち着くタイミング。そういった方は人生経験も豊富です。前シーズンでは50代の恋愛が濃く描けなかったこともあって、今回は50代の恋愛を絶対に撮りたいという意気込みもありました」 しかし、「あいの里」は台本のない恋愛ドキュメントバラエティだ。蓋を開けてみると、初期メンバーだった「50’s」のパチゆみ、せん姉がなかなか恋愛をスタートできず、ほかの50代参加者にバトンを渡すことができなかったという。 「キャスティングの時点から、50代の恋愛はかなり意識していました。台本のないリアリティ番組は先読みができないのが面白いポイントではあるのですが、初期メンバーの男性陣が若い女性に好意を寄せはじめたのは、僕たちにとっても想定外。オーディション時はみなさん「落ち着いた同年代の女性と出会いたい」と言っていたのに…… 。人の感情は予定通りにはいかないな、と思いました。 フジテレビ『あいのり』時代からドキュメントバラエティに向き合ってきた西山氏。どんなに緻密に予測しても、撮れる画が予測できないのが、難しい点だと語る。 「最終的には50代ならではのリアルな恋愛模様を撮ることができたのではないかと思っています。今回はタナさんの参加がターニングポイント。50歳は人生の折り返し地点ですが、中高年の中では若年層です。いったん人生が落ち着いて、自己承認欲求が再び高まる年齢でもあるかなと思っています。50代の男女が背負ってきたペルソナを取っ払うまで時間はかかりましたが、人生後半の青春期が花開く瞬間という奇跡を切り取ることに成功したという点では、満足しています」 ・ロケ中も配信中も、責任を持ってメンバーと向き合った 制作陣にとっても、どんな展開になるのか想像ができないことは予測がつくが、想定外だったのはメンバーたちの恋愛模様だけではなかったという。 「今回はステージ4のガンを乗り越えたたみフル、卵子凍結をしているちぃとあやかん、妹を助けることができなかった隊長、そしてパートナーとの死別を経験しているみぽなど「命の重み」をテーマに掲げざるを得ないメンバーが集まりました。シーズン1に引き続き、ロトスコープ技術を使ってメンバーたちの過去を再現したVTRも組み込み、彼女たちの行動や言葉が一元的に映らないよう、人生経験も描いたつもりです。それでも、メンバー個人に対する厳しい意見が、僕たちの耳に届いている現状があります。どんな人でも、それぞれの価値観やクセを持っていますから、実際関わってみたら悪い部分が目についてしまうのは仕方がないことです。あいの里は共同生活を撮影していくので、実は個々の悪い癖が垣間見えるシーンがすごく多いです。そのなかでも僕たちはなるべく、メンバーの『いいところ探し』をしたいと思っているんです。」 切り抜きによる、炎上も目立つ昨今。西山氏の番組制作論は、人対人のコミュニケーションにも流用できそうなものだった。 「長所も短所もあってこそ人間ですが、長所の方は探さないとなかなか見えてこない。でも僕たちはオーディション段階からメンバーと深く対話して、里での撮影期間中も、撮影クルーとメンバーが対話できる時間をなるべく持つようにしています。そんな僕たちだからこそメンバーの長所を発見できるし、そこをなるべく目立つように編集しているつもりです。人の悪いところを探すのは、とても簡単なことです。でもその一点に囚われてしまっては、人間関係は広がらない。人の欠点を探すのは、とても簡単なことです。でもその一点に囚われてしまうと、人間関係は広がらないし、相手に期待する気持ちもなくなってしまう。そんなふうに人に期待しなくなっていくのは、とても寂しいことだと思いませんか?」 ジョハリの4つの窓という心理学モデルがある。人間には、自分が自覚できる側面と、自覚できない側面があり、他人から見える自分と、自分が捉えている自分像には乖離があるという。長所と短所を線で繋いで「あのメンバーらしいな」と思わせるのも、ドキュメンタリーテレビマンの手腕の見せ所の一つだという。 自給自足の共同生活のなかでは、それぞれのクセが個性として描かれていた。それでも、前回以上に住民に対する否定的な声がSNS上に多かったことは、西山氏にとって大きな“想定外”だったのだ。 「実は今も、撮影クルーと参加メンバーで食事に行ったりしています。SNSの色々な声を聞いて、憔悴しているメンバーのメンタルケアのためでもあります。僕自身はキツイご意見にも、すべて目を通しています。ですがメンバーの発言は、それぞれの人生経験から生まれた「背景」があることを、もっと伝えていきたいと考えていますし、多様な受け取り方があることを学びながら、これからのものづくりに生かしたいです。また、さとちゃんが亡くなってしまった件では、たくさんの視聴者から厳しい意見をいただきました。専門家の指導の下、獣医さんとも連携しながら、細心の注意を払ってきたつもりですが、結果として不十分だったという視聴者からの声を真摯に受け止めています」 現代のリアリティショーには、匿名による攻撃が付き物になってしまっている。『あいの里』は他の恋愛リアリティ―ショーと違い、VTR内にもテレビマンによるバラエティ編集を入れることによって、個々のアイデンティティを愛のある笑いに変える工夫をしている。それでも、シーズン1とは違った形での想定外があったことは否めないと語ってくれた。 ・メンバーの人生を「疑似体験」してほしい しかし、シーズン1と同様に「涙が止まらなかった」という意見が少なかったわけではない。前回以上に深い人生経験を持つメンバーを迎えて、有り余るほどの見せ場を作ってくれた。 「僕が見せたいのは、人間讃歌なんです。実際の恋愛や人間関係は泥臭いものです。だからこそ恋愛リアリティショーという一種の“疑似恋愛”の需要が途絶えないんだと思っています。そして僕が伝えたかったのは、現実では味わいにくい“美談”の部分です。30代~40代の女性が抱える出産リスクに対する現実的な姿勢や、人生後半の恋愛にチャレンジする50代が振り絞る勇気。視聴してくれた人に学びや勇気を与えられる作品こそが、リアリティ番組が目指す一つの理想形だと考えています」 「テレビ主導のあいのり時代といま違う」ということも、西山さんは理解しているという。様々な人が持つ意見の中には尖ったものもあり、どんな意見もシームレスに、誰の目にも届くのが、現代のSNS時代だ。 「僕は何度も取材のなかでお伝えしているのですが、僕のなかで「あいの里」は恋愛リアリティショーではなく、ドキュメンタリーなんです。人間ドキュメンタリーのなかでは、恋愛は一側面であって、友情や成長、苦難などの人生体験をひっくるめてお届けしているつもりでいます。だからあいの里では、疑似恋愛というよりも、疑似体験を感じてもらえたら嬉しいです。国際結婚や闘病経験、卵子凍結……自分がまだ経験はしていないけれど、いつ経験することになるか分からない体験をしているメンバーが思いを吐露しています。人生のなかでも恋愛はすごく大切だけど、それと同じくらい、苦難の乗り越え方や、仲間との友情が大切になっていくと思います。ぜひそこにも目を向けながら、作品を最後まで楽しんでもらえたら嬉しいです」
ミクニシオリ