シリア内戦と対IS カギを握るヌスラ戦線とクルド人部隊
イラクとシリアにまたがる領域で戦闘を続ける過激派組織「イスラム国」(IS)。こう着状態のイラク領域に比べ、内戦が続くシリア領域では、トルコ国境の要衝テルアビヤドをクルド人勢力が制圧するなど、戦況が動いています。対ISの戦い、シリア内戦において、キープレイヤーとなった2つの組織を中心に、現在のシリアの戦況を軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏が解説します。
クルド人部隊「人民防衛軍」
イラクでは、イラク政府軍との戦線でほぼ一進一退の戦況だ。イラク政府軍はいまだ弱体なままで、地上戦では有効な作戦ができないでいる。その代わりにIS支配下の町に空軍による空爆を繰り返しているが、実際は無差別空爆になっていて、住民の巻き添え被害が急増している。 また、イラク政府軍の戦力を補うため、シーア派民兵組織連合「人民動員隊」も戦線に投入されている。彼らはISと戦うと同時に、現地のスンニ派住民を迫害しており、状況の安定化には役立っていないのが実態だ。イラクでは、まだしばらくこう着状態が続きそうだ。
他方、状況が動いているのがシリア戦線だ。 シリアのIS部隊は現在、中部の要衝パルミラ(世界遺産の遺跡の町として知られる)を制圧すると同時に、ダマスカスやホムスなど中心部の都市部の郊外まで勢力を伸ばしているが、その代わり北部戦線では劣勢にある。6月半ば、トルコ国境のテルアビヤドで、クルド人部隊「人民防衛隊」(YPG)の攻撃にあっさりと退却。国境エリアを明け渡したのだ。 これまでYPGは、シリア北部で西からイドリブ県の飛び地と、アレッポ県コバニを中心とする制圧エリア、ハサカ県ハサカを中心とする北東部の制圧エリアに支配地が3分されていたが、テルアビヤドの奪取でメインの2地域を繋ぐことに成功。トルコ国境エリアを広く支配することとなった。 ISはトルコ国境の検問所を、1か所を除いてすべて失ったことになり、トルコ経由での戦闘員の出入りや、物資の補給に問題が生じてくる可能性がある。なお、YPGはその勢いでテルアビヤド周辺で支配地を急速に拡大している。ISの本拠地であるラッカ市から数十キロ地点まで攻め入っている。それに対し、ISは前線から部隊をラッカ防衛に呼び戻している模様だ。ただ、ISは防戦一方なだけではなく、ハサカ市ではYPGやアサド政権軍に対して攻撃を仕掛けている。ISの戦力は全体的には落ちておらず、YPGとの死闘は今後も続くだろう。 もっとも、YPGの勢力拡大で、新たな緊張も生まれている。シリアの他の反体制派との緊張だ。というのも、もともとシリアではクルド人とアラブ人には心理的な距離があるという背景がある。YPGは反体制ゲリラというよりは、明確に民族独立ゲリラであって、YPGが支配を広げたエリアに居住するアラブ人住民の間には、クルド人によって迫害されるのではないかという警戒感も生まれている。 YPGは対ISの戦闘でアメリカや国際世論を味方につけたが、支配エリアでどのような態度をとるかが注目される。