シリア内戦と対IS カギを握るヌスラ戦線とクルド人部隊
反体制派組織「ヌスラ戦線」
他方、YPG以上にその言動が注目されている民兵組織がある。反体制派の有力組織である「ヌスラ戦線」だ。 ヌスラ戦線は もともとISの幹部だったシリア人が創設したゲリラ部隊で、非常に厳格なイスラム復古主義を掲げており、アルカイダ指導部と公式に連携している。その目標はISと同じくイスラム国家の樹立だが、ヌスラ戦線はシリア内戦においては当面、アサド政権打倒を優先している。他の反政府軍各派とは概ね共闘関係にあるが、逆に路線の違いと指導者の軋轢(あつれき)などから、ISとは完全に敵対関係になっており、実際に激しく戦っている。 現在、このヌスラ戦線の存在感が非常に大きくなっている。シリア内戦のメインの舞台であるアサド政権軍と反政府軍の戦いにおいて、ここのところ反政府軍の攻勢が続いているが、その中心にヌスラ戦線がいるのだ。 すでに北西部のイドリブ県を反政府軍が制圧し、現在は主にシリア第2の都市であるアレッポの政府軍に対して猛攻を加えているところだが、その反政府軍の主力は「ファタハ軍」という。ファタハ軍にはさまざまな反政府軍部隊が参加しているが、その中心的存在がヌスラ戦線だ。 現在、ファタハ軍を中心とする反政府軍が、アサド政権軍を各地で押しつつあるが、問題は、大きく台頭してきたヌスラ戦線が、今後、どのような方針をとるかということだろう。ヌスラ戦線はアサド政権打倒の目的ならどんな勢力とも協力できると言っているが、アルカイダ系のイスラム過激派には変わりなく、たとえばアメリカが接近するということはないだろう。 それどころかアメリカはヌスラ戦線をかなり警戒しており、ISと同じく有志連合の爆撃の標的としている。しかし、シリアの反体制派からみれば、ヌスラ戦線はアサド政権と戦う有力な部隊にほかならない。 ヌスラ戦線の内部事情も不明だ。指導部は親アルカイダ系のジハード主義者だが、ISと同じく多くの外国人義勇兵がいて、彼らの考えは不明だ。また、他の反政府軍からヌスラに鞍替え合流した地元のシリア人戦闘員も多いが、彼らがすべて指導部と同じ考えということも考えにくい。 シリア内戦の今後は、ヌスラ戦線の言動に大きく左右されることになるだろう。 (軍事ジャーナリスト・黒井文太郎)
■黒井文太郎(くろい・ぶんたろう) 1963年生まれ。月刊『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長等を経て軍事ジャーナリスト。著書・編書に『イスラム国の正体』(KKベストセラーズ)『イスラムのテロリスト』『日本の情報機関』『北朝鮮に備える軍事学』(いずれも講談社)『アルカイダの全貌』(三修社)『ビンラディン抹殺指令』(洋泉社)等がある