映画『シサム』は「没入感がすごい」!アイヌと和人の歴史を描く本作を、北海道出身漫画家が描きおろしレビュー
人気コミックを映画化した『ゴールデンカムイ』(24)の大ヒットでアイヌへの理解と関心が広まるなか、この秋、江戸時代の“蝦夷地”(現在の北海道)を舞台に、アイヌと和人の対立と共生に迫った壮大な歴史スペクタクル映画『シサム』(9月13日公開)が公開となる。アイヌ語で“隣人”を意味するタイトルの本作は、『せかいのおきく』(23)、『首』(23)などの寛一郎の演じる若き武士が、アイヌの風習や文化に触れながら、彼らとの関係や自分自身を見つめ直していく物語。 【写真を見る】北海道出身なら共感するポイントも?釧路生まれの漫画家・横山了一が映画『シサム』の感想を描きおろし漫画に 映画の舞台にして、ロケ地である北海道の白糠町と隣接する釧路市出身で、白糠に親族が住んでいたこともあるという漫画家の横山了一は、「アイヌのことを知らないライトユーザーでも作品の世界にスッと入っていけるわかりやすい語り口でしたね」と振り返る。さらに、「ウポポイ」(北海道白老郡白老町にある民族共生象徴空間=国立アイヌ民族博物館)を訪れ、アイヌ文化を学ぶ機会もあった横山が、「そんな僕でも知らないことがいっぱい描かれていました」と興奮気味に語るほどリアルな世界観を描きだし、迫力のエンタテイメント作品に仕上がっている本作の感想を、横山の描き下ろしの漫画と共に紹介する。 江戸時代前期。“蝦夷地”と呼ばれた北海道を領有する松前藩の若き武士、高坂孝二郎(寛一郎)は、兄の栄之助(三浦貴大)と共に、アイヌとの交易で得た物品を他藩に売ることを生業にしていた。だが、ある晩、品数と交易の歩合を捏造し、横流しをしようとしていた使用人の善助(和田正人)が、その現場をおさえた栄之助を殺害。敵討ちを誓う孝二郎は、善助を追ってアイヌが暮らす森の奥へと足を踏み入れるが、そのころ蝦夷地では、和人に対する反発と蜂起の動きが激化していた。 ■「あの村に迷い込んだような没入感がすごくありました」 映画は思いがけない出来事でアイヌの奥地に踏み入れることになった孝二郎の目線で描かれるが、横山は「主人公がなんの力もない、物事を深く捉えようとしていなかった武士の次男坊というのがよかった。そんな彼がアイヌに触れて成長していくストーリーだから、感情移入しやすかったし、アイヌの文化も丁寧に描かれていて見応えがありましたね」と観た直後の感想を素直に口にする。 そして、「あの村に迷い込んだような没入感がすごくありました」と強調する。それこそ、アイヌの人たちが発する言葉も本編の序盤までは字幕も出ず、観客も彼らが話している内容を理解することができない。だが、「途中から(字幕が)出ますよね」という横山は、そういった作り手の演出を評価する。「外国に行ったような感じを出すために初めはあえて字幕をつけていなくて。孝二郎とアイヌの人たちとの距離が縮まってから字幕がつくようになるんですけど、そのタイミングが絶妙でうまいなと思いました」。 そう、映しだされるものすべてがリアルだから、観る者も興味を持ってぐいぐい引き込まれていくのだ。そこでは、主演の寛一郎が小手先のことをしない、飾らない芝居をしていることも大きく関係をしている。彼は劇中の孝二郎そのままにロケ地の白糠町の大自然に触れ、されるがままにアイヌの伝統的な衣裳を着せられ、彼らの儀式の洗礼を受け、食事も共にする。その佇まいはまさに“孝二郎”で、横山も「僕はいままで寛一郎さんの出演作をあまり観たことがなかったのですが、ナチュラルな芝居がすごくよかった。うまい!孝二郎と同じ目線になれるんですよ」と絶賛。 ■「これまでのアイヌの映画ではあまり描かれることのなかった表現もあり、すごくこだわっているなと思いました」 小学生のころに授業でアイヌのことを習い、白糠と同じようにアイヌの文化がいまも残る阿寒に観光でよく行ったという横山は、「これまでのアイヌの映画ではあまり描かれることのなかったアイヌの女性の口の周りの刺青もしっかり再現されていたし、変わった音を奏でるアイヌの民族楽器“ムックリ”も出てきたから、すごくこだわっているなと思いました。鮭を獲るシーンもリアルで好きでしたね。アイヌの人たちが鮭漁をするのは僕も知っていたけれど、彼らが(“獲ったらすぐに命をいただかなければいけない”という)昔からの教えと伝統に則って、鮭の頭を棒で叩くのは知らなかったから、あれには驚きました。うまく叩くアイヌの人たちと叩き方が下手な孝二郎を比較するように描写し、そうすることで、あの方法の漁が長年行われていることを伝えているのもうまいと思いましたね」という言葉にも説得力がある。 敵を追ううちに怪我を負ってしまった孝二郎は、アイヌの人々に助けられる。彼らの手厚い介抱を受けることになるのだが、完治するまで頑なに外に出ることを禁じられる。「“病に侵された者は、ほかの人たちにうつすといけなから外に出てはいけない。村から出られない”というアイヌの教えは知らなかったので、目から鱗でした。勉強になりましたね」と述懐する横山。「その縛りによって主人公が動けなくなるのは、ストーリーを作るうえでも使いやすい設定だなと思いました」と、漫画家ならではの視点も披露した。 ■「戦いの壮絶さや怖さがリアルに伝わってきました」 さらに、孝二郎を取り囲む俳優陣の演技に言及する。アイヌの登場人物たちの大半は、全編がアイヌ語のセリフという難役だった。なかでも、和人によって愛する人を失ったアイヌの女性リキアンノに扮したサヘル・ローズを「すばらしかった」と褒めると、孝二郎の献身的な介護をするアイヌの少女ヤエヤムノに扮した、本作が本格的映画デビューとなる佐々木ゆかを「かわいくて、すごくよかった!」と称賛。「あの少女は孝二郎に恋心を芽生えさせているみたいだったから、今後発展していくのか…」とロマンス要素への期待もこぼれる。 もちろん、和人に敵対心を燃やすアイヌの青年、シカヌサシになりきった坂東龍汰を讃える言葉も忘れない。「カッコよかったですね。存在感がすごくありました。和人と戦うんだ!と最初はイキっていて。でも、初めて本物の戦いに直面した時のリアクションはリアルな感じがすごく伝わってきたので、すごく好きでした」。 そんな横山が個人的にいちばんシビれたのは孝二郎の先輩の松前藩士、大川を演じた緒形直人だ。「ドラマでよく拝見していてスゴい方だと思っていたんですけど、本作でもすごく深みのある演技をされていて、カッコよかった。大川はクライマックスで孝二郎の願いを聞き入れて“ある選択”をするんですけど、その時の芝居は特に重厚でよかったですね」。 そのクライマックスに向かって高まるのは、不公平な取引によって利益を得ようとする和人に怒りを燃やすアイヌと、そんな彼らの文化や風習を理解することなく、力で制圧しようとする和人の摩擦が生んだ、ただならぬ緊張感。それがついに爆発し、血で血を洗う戦いへと雪崩込んでいくスペクタクル・シーンも本作の大きな見どころになっていて、「壮絶でしたね。スゴかった!」と訴える横山の声も自然に大きくなる。「ドローンを使っているのかな?弓矢が飛んでいくのを上からとらえたあの映像は初めて見たからちょっとビックリしました。それに、生々しいアクションが多い。よくある時代劇みたいにただ斬って終わりじゃなく、本当に殺す気で相手に斬りかかっているから戦いの壮絶さや怖さがリアルに伝わってきました」。 そのスケールの大きな迫力の映像は、北海道の大自然だから撮れたものだが、横山はこれを「フキが画面いっぱいに映っているのも北海道ならではなんですよ(笑)」と地元の人ならではのマニアックな視点で評価。「僕も子どものころはフキを千切って遊んでいたけれど、あのたくさんのフキが映っているのを見て、白糠の大地でちゃんとガチで撮っているのがわかって感心しました」。 果たして、その戦の果てに待っているものとは?和人とアイヌ、双方の思いや考えを知る孝二郎が最後にとる行動とは?そこは観た時の感動が奪われるのでここでは言及しないが、横山は「史実があるし、松前藩の対応がガラっと変わるわけではないから、落とし方が難しそうだなって思いながら観ていました」と前置きをしたうえで、「すごくいいバランスの物語になっていましたね。青年が異文化のなかで成長していく姿を描く青春ストーリーでもあり、清涼感があってよかった」という感想を噛み締めていた。 ※「シサム」「ヤエヤムノ」の「ム」の正式表記は、小文字表記 取材・文/イソガイマサト 漫画/横山了一