太古のクジラが砂漠に眠る、エジプトの世界遺産「クジラの谷」 まるで異世界のような光景
「進化の過程を肉眼で見て、手で触れられるようなもの」
好奇心をかき立てるこうした化石は、進化の大きな謎の1つを理解する上で、極めて重要だ。その謎を解く鍵は、ワディ・アル゠ヒタンの小さな地下博物館にある。 ここには鋭い歯をむき出しにした長さ1メートルのバシロサウルスの頭骨と共に、バシロサウルスの最も驚くべき(そして滑稽なほど奇妙な)特徴を持つあるものが展示されている。それは、一対の小さな後ろ脚だ。大腿骨、脛骨、くるぶし、そしてマッチ棒のように細い足指がそろっている。 「あらためて考えてみれば、空気呼吸をする哺乳類であるクジラたちが海で暮らしているのは奇妙なことです」と、サッラーム氏は言う。「科学者たちは、元々陸生だったクジラが海へ進出し、巨大な生物へと進化した。その過程で足を失ったのだろうという仮説を立てたものの、証拠は長年見つかりませんでした」 だが、1989年に発見されたバシロサウルスの脚の骨が、このような進化の過程をつなぐ極めて重要なものとなった。骨は弱々しく、人間の腕程度の大きさで、6トンもの体重を支えて歩けはしない。しかしこれが、一度は陸で暮らしていたクジラが、陸での生活をやめ、海に戻っていった明らかな証拠となった。 「進化の過程を肉眼で見て、手で触れられるようなものです」とサラム氏は言う。「ワディ・アル゠ヒタンを歩く時は注意が必要です。辺り一面に化石があり、足元に新発見が埋まっているかもしれませんからね」 *この記事は『ナショナル ジオグラフィック トラベラー(UK)』により制作されました。
文=Bella Falk/訳=三好由美子