太古のクジラが砂漠に眠る、エジプトの世界遺産「クジラの谷」 まるで異世界のような光景
砂漠に4000万~3700万年前のクジラの骨の化石が十数体も露出、ワディ・アル゠ヒタン
ツタンカーメンの黄金のマスクやギザの大スフィンクスなど、古代エジプトの歴史を鮮やかによみがえらせるものは多い。だが、カイロの南西およそ160キロの砂漠に、はるか昔の栄華を伝えるものが残されている。巨大な生物が暮らしていた頃が垣間見える世界自然遺産の「クジラの谷」ことワディ・アル゠ヒタンだ。人家もなく、水もなく、草木も生えない200平方キロメートルほどの砂漠の谷は、進化の謎を解き明かす鍵を握る場所だと言われている。 ギャラリー:太古のクジラが砂漠に眠る「クジラの谷」、まるで異世界 写真4点
言わば隠れた秘宝
多くの観光客が古代エジプトの宝物を見に訪れる王家の谷とは違い、ワディ・アル゠ヒタンは言わば隠れた秘宝だ。この人里離れた地は、風食と古生物学者たちによって砂の中から姿を現したかつての地球の生命たちについて、力強く物語っている。 化石ファンの大半は、カイロから日帰りでここを訪れる。点在する巨大毒キノコや球根のような形の奇岩や、ドーム状の岩は、容赦なく吹きつける風によって長い年月をかけて削られたものだ。岩々の間を砂の道が通っているが、その両脇に整然と並べられた石と、訪問客がつけた重なり合う足跡がなければ、周りの砂漠と区別はつかない。 ここは地球で最も不毛な環境の1つだ。しかし奇岩の間を登っていくと、先史時代の生命の痕跡が見られる。軟体動物の殻が光を反射していたり、約5000万年前に海で暮らしていた貨幣石と呼ばれる有孔虫のコイン状の化石、さらにはサメの歯が見つかったりすることもある。 海から160キロ内陸にある砂漠でこうしたものが見つかることには、違和感を覚えるかもしれない。しかし4000万年前のアフリカ大陸は今とはかなり異なり、現在北アフリカと呼ばれる地域はテチス海という浅い海の下に沈んでいた。 謎多き過去を解き明かす、さらに重要な手がかりもある。それはパズルのピースのように散らばった骨片や、コンクリートブロックほどの大きさがある椎骨などだが、最も驚きに満ちたものは、砂の道の行き止まりに横たわる巨大な捕食動物の骨だろう。化石の保存状態は良く、背骨の長さは約20メートルで、ろっ骨が左右に広がっている。 発見した当初、科学者たちはこの骨の持ち主を巨大な海生爬虫類だと考えた、とワディ・アル゠ヒタンの主任古生物学者へシャム・サッラーム氏は言う。「トカゲの王という意味でバシロサウルスと名付けたのはそのためでした。古代クジラの骨だと分かったのは、もっと後のことだったのです」 1世紀以上前に始まった古代クジラの発掘調査で、古生物学者たちはこれまで約1000体の個体を確認している。世界最大のクジラの墓場であり、古生物学上、最も貴重な場所の1つとなったこの地域は、エジプトの有名な墓地、王家の谷にちなんで「ワディ・アル゠ヒタン(クジラの谷)」と名付けられた。 砂漠にはあたかも野外博物館のように十数体のクジラの骨がある。そのすべてがバシロサウルスか同じく初期のクジラ類、ドルドンと確認されている。化石は4000万年前から3700万年前のもので、彼らは始新世後期に生きていたということになる。訪問客はそれぞれの化石をつなぐ通路をたどって見学できる。