ひろしまアニメーションシーズン2024、熱狂の5日間に幕 ヤン・シュヴァンクマイエル日本初公開作などをレポート
米国アカデミー賞公認、“世界4大映画祭”の後を継ぐ2年に1度のアニメーション芸術の祭典「ひろしまアニメーションシーズン2024(HAS)」が2024年8月14日より広島県広島市にて開催され、8月18日に熱狂の5日間に幕を下ろしました。 HASは、世界4大アニメーション映画祭のひとつとして知られた広島国際アニメーションフェスティバルが2020年に終了したのち、2022年より新たな装いで生まれ変わったもの。アニメーション映画祭としては日本唯一の米国アカデミー賞公認となります。HASでは、ユニークなアニメーション作家たちが集い、作品を披露しあうという映画祭のコアを現代的にアップデートし、長編、テレビ、ウェブメディアなど短編にかぎらずアニメーションの可能性と未来をパーソナルかつユニークに掘り起こすクリエイターたちを、古今東西・商業非商業の枠を超えて紹介。今回、短編コンペティションはニコラス・ケッペン監督の『美しき男たち』、観客投票で選ばれる長編コンペティションはブノワ・シュー監督『シロッコと風の王国』が選出されました。 最終日となった8月18日は、授賞式・閉会式を前に、コンペ作家を囲む会や、チェコの巨匠・ヤン・シュヴァンクマイエルのドキュメンタリー『錬金炉アタノール』が日本初お披露目され、20年来シュヴァンクマイエルの通訳を勤めてきたペトル・ホリーが登壇、また、ステファン・オビエ監督が『劇場版 パニック・イン・ザ・ヴィレッジ』の翻訳を手がけた学生たちと共に登壇するなど、多くの観客が詰めかけました。 今回、コンペ作家を囲む会をはじめ、『錬金炉アタノール』と『劇場版 パニック・イン・ザ・ヴィレッジ』それぞれのトークの模様を伝えるレポートが到着しています。 [コンペ作家を囲む会(短編コンペティション「光の詩」] HAMプログラム最終日の朝に「コンペ作家を囲む会」が開かれた。これは少人数でコンペティション受賞者を囲み、作品や作家自身について会話を行うイベント。短編コンペティション「光の詩」の上映作品の作家であるマックス・ハトラー、ミリー・イェンケン、大井文雄、スレッシュ・エイヤット、リュウ・イーが集まった。 会場に集った質問者からは、作品の制作過程や、作品のインスピレーションについての裏話が。『胡蝶の夢』を監督した大井文雄は作品について、「宋子の言葉に非常に惹かれたのと、『胡蝶の夢』と漢字で書くと、少し艶やかなんです、イメージが。実際に表現していることは枯れ切った世界なのに、その綺麗な感じでも表現できることに魅力を感じたので、作りました」と述べた。 聴覚と視覚に関する実験的な作品『O/S』を監督したマックス・ハトラー監督は、「視聴者が見ているものが、実際に視聴者が聞いているという風な、そういう映像作品」だと自身の作品を説明。音波をもとにそれを映像に変えていくのがマックス監督の手法である。また、パフォーマンスも行うというマックス監督。「パフォーマンスではその場で音を作って、その作った音が映像として投影されます。映画を作るときのような正確さはなくなりますか、その分、即興性があるので、すごく楽しいです」とアニメーションの活動以外についても述べた。 また、AIを意欲的に取り入れた作品である『炎』のリュウ・イ監督はその制作工程について「以前は、絵を一枚一枚5000枚書いてアニメーションを作っていました。AIを使ったのは初めてのことで、やるにあたって、AIプログラマーと一緒に作業を進めました。Stable Diffusionというソフトで進めました」と発言。また、美術館での展示から最終的な作品に至るまでの細かい制作工程についての言及もあり、コンペティション作品の裏側が垣間見える一幕となった。 インドから広島にやってきたスレッシュ・レイヤット監督は、その作品『ゲロゲロショー』のインスピレーションについて語った。「コロナ禍のロックダウン下で家族たちだけといて、人間の音があまり聞こえない状況で、今までかき消されていた、カエルの音や、虫の鳴き声のような音が聞こえてくるようになった。今まではノイズとして扱われていたものが実は素晴らしい音だったらという風に考えて、そういった思いがベースになって作品が作られました」。 『東方の雨』のミリー・イェンケン監督は、映像に付けた音楽について「このアニメーションは、いろんなシーンがどんどん変わっていくんです。そのランドスケープを見て、それに対する反応でどんな音が生まれるのかをサウンドデザイナーと一緒に話しました。油絵の部分と木炭の部分でも音楽は変わっていきます」と述べた。 コンペティション作家たちの普段は聞けない話を聞くことができる会となった。 [ヤン・シュヴァンクマイエル『錬金炉アタノール』 登壇者:ペトル・ホリー] チェコの巨匠ヤン・シュヴァンクマイエルの日本初上映となる最新ドキュメンタリーがお披露目され、20年来シュヴァンクマイエルの通訳を勤めてきたペトル・ホリー氏が登壇しトークを行った。 ひろしまアニメーションシーズン2024では彼の特集が行われており、来日を打診したが「90歳になるので飛行機の長旅はやめておくよ」という返事だったそう。 「何百回も説明してるし、映画をご覧いただく上で私の解説は必要ないでしょ」とシュヴァンクマイエル節。しかし「映画をご覧いただいた皆様にくれぐれもよろしく」と言っていたそうだ。 本作は2020年、ヤン・ダンとアダム・オルハという2人の若手映像作家が初めて「シュヴァンクマイエルの平凡な生活」をさらけ出した前代未聞の作品。ホリー氏も「シュヴァンクマイエルが応えたことにびっくりした」と語る。 シュヴァンクマイエルという作家を語る上でシュールレアリスムは切っても切り離せない。 1924年フランス・パリで産声を上げたシュールレアリスムは、10年後当時のチェコスロバキアの首都だったプラハに根付き花開いた。チェコスロバキア時代シュールレアリスムを提唱した画家トワイヤン、シュヴァンクマイエル作品には彼女の影響が見受けられるとホリー氏は語る。「シュールレアリスムは死んでいない」とは、シュヴァンクマイエルがよく口にする言葉だそうだ。 また、本作にはシュヴァンクマイエルのプロデューサーを務めてきたヤン・カリスタも登場する。ホリー氏によると彼らは「いい意味で喧嘩し続けている」とのこと。観客を気にせず己の表現を突き詰めるシュヴァンクマイエルに対し、上映や経済的な面を受け持つプロデューサーの葛藤を初めて紹介しているのがこの映画だ。 彼らは1991年、「アタノール」という会社を設立した。アタノールとはまさに「錬金炉」という意味。17世紀プラハでルドルフ2世が科学者、当時の錬金術者たちをプラハに寄せ集め様々な実験をした。そうした<何が出てくるかわからないるつぼ>はシュヴァンクマイエル映画のイメージにもつながっている。 「シュヴァンクマイエルは人間臭いところを非常に大事にしている作家。今までの作品で、CGは「オテサーネク」のほんの一部を除いて使用されていない。触って、一コマづつカメラで撮ってという、今から見れば古い方法かもしれないが、それこそが人間の温もりではないだろうかと私は思います」と締めくくった。 [『劇場版 パニック・イン・ザ・ヴィレッジ』 登壇者:ステファン・オビエ(監督)] 5日間にわたって行われたひろしまアニメーションシーズン2024の最後のプログラム『劇場版 パニック・イン・ザ・ヴィレッジ』。その上映後に、同作品の監督で、本映画祭の審査員の一人でもあるステファン・オビエが登壇。また、本作品の翻訳を授業の一環として行なった比治山大学言語文化学部の大学生、比治山女子中学・高等学校の学生計5人も登壇した。 まず、オビエ監督から来場客に挨拶が。「今日はお越しいただきありがとうございます。少し緊張しています」と述べ、会場の笑いを誘った。 その後、本作の翻訳の一部を担当した学生たちからもコメントが。比治山大学言語文化学部の久保田未来(くぼたみらい)さんは「経験できないようなことを経験できて嬉しかった」と、緊張した面持ちで述べた。また、比治山女子中学・高等学校の石橋涼(いしばしりょう)さんは「文字数の制限がある中で翻訳するのは初めてで難しかったですが、貴重な体験ができて嬉しかったです」と、翻訳時の苦労を語った。同じく比治山女子中学・高等学校の小尻千紗(こじりちせ)さんは「この映画の翻訳に携われて嬉しいと思っています」と、感慨を述べた。 それぞれのコメントの後には、学生たちからオビエ監督への質疑応答も行われた。 同作はカウボーイやネイティブ・アメリカン、ウマの人形が使われたストップモーションアニメーション。本作特有のカクカクとした動きについて質問されたオビエ監督は「人形が動いて見えるようにするためには、さまざまなポジションを試す必要があった。それを考えるのが、少し難しかったです」と回答。 独特の人形についての質問には「元々は、サンデーマーケットという週末の蚤の市で売られているプラスチック製のおもちゃを使っていました。ただ、作品を作り続けて動きが複雑になると、既製品では対応できなくなっていったので、それをモデルにして私たちオリジナルの人形を作りました」と、人形の制作秘話も語った。 また、主人公たちの関係性は家族なのか、友達なのか、という質問に対しては「とてもいい質問。実は、私たちもよくわからないんです。まるで彼らは月から来たと思うぐらい不思議なキャラクター。先ほども言った通り、蚤の市でたまたま売っていて、いろいろな動きをしている人形があったから彼らを主人公に選んだんです。TVシリーズで声を付けるとキャラが立ってきて良いと思って、そのままこのキャラクターを使うことにしました」。 そして、「劇場版は、シリーズの中でも、主人公の一人である馬が恋愛をするという、とても人間的な作品になっています」と劇場版の特徴を述べてトークは終了した。 トーク後には高校生・大学生たちとオビエ監督のフォトセッションも。翻訳という関係性で結ばれた両者は、笑顔でポーズを取った。 なお、ひろしまアニメーションシーズン2024コンペティションの受賞結果は以下の通り。 短編コンペティション ・グランプリ 「美しき男たち」ニコラス・ケッペン監督 ・「社会の眼差し」賞 「バタフライ」フローレンス・ミレイユ監督 ・「寓話の現在」賞 「フシギなフラつき」ニーナ・ガンツ監督 ・「虚構世界」賞 「熱帯の複眼」ジャンシュウ・ジャン監督 ・「光の詩」賞 「東方の雨」ミリー・イェンケン監督 長編コンペティション ※観客投票 ・グランプリ 「シロッコと風の王国」ブノワ・シュー監督 環太平洋アジアユースコンペティション ・グランプリ「私は、私と、私が、私を、」伊藤里菜監督 ・ムン・スジン賞 「黴」シ・セッセイ監督 ・ステファン・オビエ賞「ゾウのかたち」サム・クワ監督 ・山下宏洋賞「ポストヒューマン病棟」ユニャ・キム監督 日本依頼作品コンペティション ・グランプリ プチプチ・アニメ「春告げ魚と風来坊」八代健志監督 ・川村真司賞 星宮とと+TEMPLIME「Mind Replacer」(HOSHIMIYA TOTO+TEMPLIME: Mind Replacer)大谷たらふ監督 ・出合小都美賞 Pass49e「白い悪魔」(Pass49e: White Devil)円戸サヤ監督 ・シシヤマザキ賞 刀雨「Be Gone」羅絲佳監督 [観客賞(短編・アジアユース・日本依頼:3つの投票の中から1つ)] 「ゲロゲロ・ショー」スレッシュ・エリヤット監督