“屈辱のベンチスタート”から宇佐美貴史が決めた同点弾。ガンバ愛をエネルギーに変えて「もう一度、ポジションを奪いにいく」
町田GK・谷晃生の視点。「あの一本をしっかりと決めてくるのは…」
一方の谷は味方がファウルを与えた瞬間、必ず宇佐美が蹴ってくると集中力を研ぎ澄まさせながら、そのすごさを熟知する元チームメイトとしてこんな思いを脳裏に駆け巡らせていた。 「自分的にはすごく嫌な位置だな、と。もうちょっと近い方が、おそらくキッカーも蹴りづらいと思うけど、本当に一番蹴りやすい絶妙の位置でした。ただ、あの一本をしっかりと決めてくるのはさすがというか、正直、宇佐美くんを褒めるしかないと思っています。結果的に失点してしまい、自分としては悔しい気持ちがありますけど、やられちゃったな、という感じですね」 84分に振り出しに戻った一戦は、6分が表示されたアディショナルタイムを含めてガンバが猛攻を仕掛ける。必死にゴールマウスを守った谷が、宇佐美がペナルティーエリア左から放ったシュートを誰もいないエリアへパンチングで逃れた直後に、1-1のドローを告げる笛が鳴り響いた。 「ちょっと時間を稼ぎ気味になってしまいすみませんでした」 試合後にかわした短い会話。謝ってきた谷に対して、宇佐美はこんな言葉を返している。 「いやいや、勝ち点1を取るためには必要だったんじゃないの」 谷はアディショナルタイムの92分に、遅延行為でイエローカードを提示されている。数的不利に陥ってから時間を稼ぐ場面が増え、ついに清水勇人主審がカードをかざす対象になった。 「オーラもあるし、あの年齢にしては恐ろしいほど落ち着いているキーパーでもある。途中からパフォーマンス的に時間も稼いでいたのは、おそらくチーム全員に『今日は勝ち点1でいい』というメッセージを伝える意図もあったと思う。そういうことが年齢の割にできるキーパーなので本当にリスペクトしているけど、自分の得点の場面ではあそこへ蹴れば絶対に入ると思っていた」
貫いた“ガンバ愛”をエネルギーに変えて
谷を称えた宇佐美は、キャプテンとして「勝てた試合だった」と反省するのも忘れなかった。 「敵地で勝ち点1を取れたとポジティブにとらえるのももちろん大事だけど、勝ち切れなかった結果に対して危機感を募らせていくことが、いまのチームにとってはすごく大事だと思う。勝ち切るだけの力がなかったと受け止めて、しっかりと緊張感を煽って次へ繋げていく方がいい」 ガンバのアカデミーの「最高傑作」という枕詞とともに、J1リーグで試合に絡み始めた2010シーズン。将来的な海外挑戦を視野に入れていた宇佐美は、ガンバ愛にあふれる言葉を残している。 「ガンバでは試合に出られないときも、ゴールを決めなければ外されるときもある。それでも僕はガンバからは逃げない。国内でプレーするからには、ガンバの脅威になる存在には絶対にならへん」 熱狂的なガンバファンの両親に抱かれ、かつてのホームスタジアム、万博記念競技場のスタンドで観戦したJリーグ創成期に芽生え、2度の海外挑戦を経ても貫き通すガンバへの愛。熱い思いはいま、一人の選手として、リザーブからポジションを奪い返すためのエネルギーと化している。 「もう一度、ポジションを奪いにいく。そういった過程も楽しみながらやっていきたい」 遠藤の移籍した2020年10月から空き番になっていた「7」を、自らの強い希望とともに背負って2シーズン目。5月には32歳になり、中堅からベテランの域に入ろうとしている宇佐美は、キャプテンと一人の選手の間で絶妙のバランスを取りながら、名門復活を期すガンバをけん引していく。 <了>
文=藤江直人