「創業家だから社長」ではない、サントリーHD次期社長の変貌。酒文化の灯を消さない覚悟
創業家だからできる「ものづくり」へのこだわり
一方、3月に会長に就く新浪剛史サントリーHD社長は、創業家という存在をどう見ているのか。新浪氏は会見で2つの見方を挙げた。 「会社の見えない価値をさらに拡大していくときの中心となっているのが創業精神で、それをきちっと引き継いでいくのが創業家」(新浪氏) 新浪氏はサントリーで初めて、創業家以外から就任した社長だ。それだけに当初はあまり意識していなかったが、次第に創業家がサントリーの根幹を成す重要な存在であると理解するようになったという。 もう1つは、ロングスパンで経営を見据えていくという点だ。特にウイスキーづくりは、熟成に最低でも数年、長ければ数十年もの時間がかかる。逆に言えば、利益が出るまで気の遠くなるような年月を耐え忍ばなければならない。 「(美味品質の追求と向上に最も重きを置く)ものづくりへのこだわりですね。場合によってはものすごいコストがかかるし、時間もかかる。それをやり続けるのは創業家ならではの価値観がないとできないのではないか」(新浪氏) 1980年頃には酎ハイブームや酒税法改正などによって、伸び続けていたウイスキーの需要が右肩下がりに低迷した。 それでも品質には一切妥協せず、むしろより美味しいウイスキーをつくろうと山崎・白州の両蒸溜所の大改修に着手。改修後に仕込んだ原酒を10年以上熟成させてつくったウイスキーが世界的なコンペティションで金賞を受賞するなど、ジャパニーズ・ウイスキーの名を知らしめるきっかけとなった。 鳥井氏によると、ニセコや白馬といった外国人が集まるリゾート地でも、山崎や白州などサントリーのウイスキーに対する人気の高さを感じるという。
創業家だから社長になれるほど甘くない
新浪氏はかねてから「次の社長は鳥井信宏だ」と公言してきた。その約束通り、約10年ぶりの創業家出身社長の誕生となる。 「創業家(出身)であることは社長の候補者となる一要素であることは事実。しかしながら、(グループ全体で4万人という)これだけの会社で、創業家だからと言って『さあ社長にしましょう』というほど、経営は楽なものでもないし甘いものでもない」(新浪氏) ではなぜ、このタイミングで社長交代となったのか。新浪氏は、鳥井氏がサントリー社長に就任してからの変貌ぶりに目を見張ったという。 「この2年間、鳥井新社長とずっと仕事をしてきましたが、国内(の現場)をよく回るんですよ。正直、この2年とその前とでは全然動きが違った」(新浪氏) 現場と一緒にもがきながら着実に成果を出し続けてきた姿を見てきて、「もう任せてもいいな」と感じたそうだ。 「私が社長に就任して10年という節目だったので、佐治信忠会長に『ぜひ鳥井信宏副社長にバトンタッチしたい』と。そこから始まった」(新浪氏) 得意先の店舗や工場など、とにかく一年中現場を回っているというのは、社員たちの間でも評判だ。そして出先で「ザ・プレミアム・モルツ」などの自社商品や、新商品・限定品を飲むと、社内のイントラネットに写真や感想を頻繁に投稿しているという。