「ゆかり」一本足打法からどうやって抜け出した? 三島食品の運命を変えた“事件”とその後
「ゆかり」以外に注目が集まった“事件”
そんな硬直状態を一変させた“事件”が起きる。2018年5月下旬のこと。突如Twitter(現X)上で三島食品の商品が注目を集めた。発端は以下の投稿である。 「3姉妹だったのね」 「ゆかり」、青じそふりかけ「かおり」、そして、ピリ辛たらこの「あかり」が店頭に並んでいた様子を指して、この投稿者は3姉妹と表現したのである。それが大いにウケた。 実はそれ以前も同社の取り組みがSNSでバズったことはあった。2014年に発売された「ゆかりペンスタイル」。これは三島豊会長(当時は社長)がいつもペン型の容器に「ゆかり」を詰めて持ち歩き、焼酎に入れて飲んでいたところ、夜のクラブで働く女性たちの間でそれが人気となり、商品化したものだった。発売から1年以上経(た)った頃、急にネットで話題になって注文が殺到した。とはいえ、これはあくまでも「ゆかり」というブランドの領域を出ることはなかったわけである。 3姉妹がSNSで盛り上がった時のことを、野口氏は淡々と振り返る。 「(『かおり』も『あかり』も)発売から何年も経っていましたが、それまで社員は商品名であって、誰も人の名前のようだと思っていませんでした」 ただし、そんなクールな社内の雰囲気とは対照的にSNSではどんどんヒートアップしていった。期せずして一躍、「ゆかり」以外の商品が脚光を浴びるようになったのだ。 「すごいマーケティング戦略ですねとよく言われますが、本当にたまたま。外の人がやってくれただけ」 あくまでも野口氏は控えめに話すが、機転を効かせてSNS上の“ビッグウェーブ”に乗ったのは作戦勝ちといってもいいだろう。それ以降に発売した新商品は人名を意識したものにしているのだから。「名前シリーズ」とも銘打った。 具体的には、20年2月にカリカリ梅のふりかけ「うめこ」を発売。同商品の年間販売数量は初年度が目標比657%、翌年度は前年比で105%と大ヒットした。続く21年2月に広島菜の「ひろし」、22年2月には鰹節の「かつお」を発売した。 原材料を元にしたネーミングである点はそれまでの商品と変わっていないが、「ひろし」については当初、別の商品名が有力候補に上がっていた。それは「ひろこ」。ところが、末貞操社長の一声で原材料の広島菜から頭三文字をとって「ひろし」に。結果、それが再び大きなバズりを生み出した。 「知らん男が1人増えとる」といった投稿を皮切りにSNSで話題沸騰。「ひろし」は年間目標の1万ケースを発売からわずか1カ月ほどでクリアし、販売額(出荷ベース)は当初見込みの約8倍となる4億3000万円に上った。 そして、24年1月にはわさびの「しげき」が発売。「(辛さの)刺激が強いから『しげき』。これはちょっと原材料とは外れとるけどね……」と野口氏は苦笑いする。 こうして商品を出すたびにネット上で盛り上がるように。これをきっかけに社内ではいろいろとユニークなアイデアが社員から出てくるようになった。 「意識が一番変わったのはSNSで話題になってから。やはり注目されると社員も面白いじゃないですか。そうすると、『もっと何かないか?』と考えるようになりました。急にアイデアが増えたと思いますね」 時を同じくして、文房具や靴下といった同社の商品のデザインを使用したオリジナルグッズも増えた。基本的には他社からの依頼・提案で作られているが、通常商品以外でもさまざまな側面から会社のブランドを積極的に発信するようになったことで、社外からの印象は確実に変化していった。今では、三島食品は面白いことを仕掛ける会社、尖った会社だというイメージができつつあるようだ。ユニークな発想やアイデアの具現化が、社名の認知度アップにもつながっているのは間違いない。