まるで「対岸の花火」......日本人は金正恩の「ミサイル挑発」にどう向き合うべきか?
<北朝鮮は原潜による巡航ミサイル発射へ向け、着々とその技術を高度化している。しかしまるで「対岸の花火」でも見るかのように、日本人は度重なるミサイル発射に慣れてしまった。加速する金正恩の挑発を正しく評価・分析する>
この2年ほど、北朝鮮がそれまでにも増して、韓国、日本、アメリカに対する挑発を強めている。北朝鮮の最高指導者である金キム・ジョンウン正恩が戦争への決意を固めたと考える専門家もいるが、その可能性は低い。しかし、挑発的な行為が引き金になって、北朝鮮の被害妄想と日米韓の恐怖心が軍事衝突に発展する危険は排除できない。【グレン・カール(元CIA工作員・本誌コラムニスト)】 【写真】南北が激突したら強いのはどちらか 金は2022年3月に、17年以来のICBM(大陸間弾道ミサイル)発射に踏み切ったのを皮切りに、ミサイル発射を繰り返すなど、挑発の頻度とレベルを高めてきた。この1月初めにも、韓国・延坪島(ヨンピョンド)の北方の黄海上(韓国が定める軍事境界線の北側)に砲弾を大量に発射。さらに、今年に入って、日本海と黄海に立て続けに巡航ミサイルで「攻撃」した。 こうした軍事的挑発を重ねる一方で、金は最近、首都・平壌に立っていたアーチ形のモニュメント「祖国統一3大憲章記念塔」を撤去した。これは、祖父と父の体制が採用していた南北統一政策を放棄する意思表示と見なせる。金は、平和的な南北統一はもはや不可能となったと述べ、韓国を「最も敵対的な国家」と呼んでいる。 金を嘲笑したり、冷酷で気まぐれな人物と決め付けたりするのは簡単だ。しかし、一連の挑発的行動は、東アジアの地政学環境で起きた3つの変化への反応として計算された行動と言える。そうした行動により、日米韓が北朝鮮の独立を脅かすことを思いとどまらせたいという思惑があるのだ。 第1の変化は、22年3月9日の韓国大統領選で尹錫悦(ユン・ソンニョル)が当選したこと。尹大統領は前任者よりも北朝鮮に対して強硬な姿勢を示している。北朝鮮は、この大統領選の15日後にICBMを発射した。 第2の変化は、23年3月16日に、尹と日本の岸田文雄首相が東京で会談し、両国関係の正常化で合意したこと。これにより日韓の軍事情報の共有が進むことになった。北朝鮮はこの会談の数時間前に、日本海に弾道ミサイルを発射した。 第3の変化は、23年8月18日に、ワシントン近郊のキャンプデービッドで尹と岸田、そしてバイデン米大統領が会談し、安全保障面での協力強化で合意したこと。この会談から2週間もたたずに、北朝鮮は日本海に弾道ミサイルを2発発射した。 北朝鮮が挑発を強めている背景には、東アジアの地政学的環境の変化に加えて、より大きな国際環境の変化もある。アメリカの関心が内向きになり、ウクライナや中東では自国の国益を守ることに苦労している。そして、21年にアメリカが冷徹な判断の下でアフガニスタン駐留米軍を撤退させ、大混乱を生み出したことにより、同盟国を守るというアメリカの意思の固さに関して疑念が広がっているのだ。 金が今すぐ韓国、日本、アメリカに戦争を仕掛けることはないだろう。しかし、この2年ほど、3カ国は北朝鮮に対してより厳しい姿勢を取るようになり、北朝鮮にとってより手ごわい存在になっている。 このような状況の下、金はあえて強気の姿勢を誇示することにより、敵対国に警告を発しているのだろう。日米韓に、北朝鮮の軍事政策を抑え込むことを思いとどまらせることが狙いだ。ご自慢のミサイル、巨大な軍隊、そして残忍な国内統制なしに、金正恩体制が存続することはできない。 日米韓の3カ国の政府にとって重要なのは、北朝鮮が牽制のために挑発的に振る舞っているだけの場合と、実際に国際関係の現状を覆しかねない行動を取っている場合を見極めること。そして、うっかり挑発に反応しないことだ。 この判断を少しでも誤れば、大惨事に陥っても不思議でない。
グレン・カール(元CIA工作員・本誌コラムニスト)