センバツ甲子園 明豊、土壇場に強打 寺本-野田、零封リレー /大分
第96回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)に3年ぶりに出場した明豊は、大会2日目の19日、1回戦で敦賀気比(福井)と対戦し、息詰まる投手戦を1―0の僅差で制した。試合は両チームとも無得点のまま終盤を迎えたが、明豊は九回裏の好機にしぶとく安打を放ってサヨナラ勝ちした。2回戦は大会7日目の24日、第1試合(午前9時開始予定)で健大高崎(群馬)と対戦する。【神山恵、長岡健太郎、林大樹】 【写真で見る歓喜の瞬間】歴代のセンバツ覇者たち 明豊は、打線の粘り強さと巧みな走塁で、少ない好機を生かして初戦を突破した。 九回1死で打席に立った木村留偉(3年)は「体が開かないよう意識した」といい、甘く入った直球を鋭いスイングで中前打にして出塁。続く高木真心(しん)(同)が四球を選び、1死一、二塁の好機を迎えた。 続く船見侑良(ゆうら)(同)は打ち取られて2死一、二塁となったが、「『回ってこい』という強い気持ちでいた」という4番の石田智能(ともよし)(同)が力強いスイングで右翼前にはじき返した。相手右翼手も本塁に素早く送球したが、二塁走者の木村が好走塁で間一髪生還し、待望の1点。三塁側アルプススタンドは大歓声に包まれた。 相手打線を要所で抑え、試合を組み立てたのは、先発の左腕、寺本悠真(2年)。2023年10月の県大会決勝以来の先発で、今朝オーダー表を見て「びっくりした」というが、逆に「やってやろう」と意気込んでマウンドに上がった。 父覚哉さん(42)が「持ち味のコントロールの良さを前面に出してほしい」と見守る中、一回の先頭打者には四球を出したが、その後は自分のペースを取り戻し、七回途中まで相手に三塁を踏ませなかった。寺本は試合後「初回は緊張していたから苦しかったが、みんなが『ナイスピッチ』と言ってくれたから緊張がほぐれた」と振り返った。 継投したのは、エースナンバー1番を付ける野田皇志(こうし)(3年)。一学年下の寺本の活躍に「自分も負けない」と奮起し、気迫の投球で最後まで得点を許さなかった。野田は「終盤勝負になるので残しておきたいと(監督に)言われていた」と明かし、「誰が次の先発かは分からないが、リリーフでも先発でもいけるように準備したい」と早くも次戦を見据えた。 ◇笑顔で友情応援 ○…明豊の応援曲を奏でる人数が不足していたため、近隣にある別府翔青高の吹奏楽部員26人が甲子園まで友情応援に駆けつけた。明豊の吹奏楽部は部員9人のため、通常は同じ学校法人が運営する別府大学の吹奏楽団と一緒に演奏。だが、19日は大学の卒業式だったため、別府翔青に声が掛かった。同校の後藤眞緒部長は「甲子園での演奏が憧れだったので、聞いた時はうれしかった」。今回演奏するのは約20曲。初めての曲ばかりで、数日前に楽譜を受け取ったというが、新幹線の車内でも読み込み、「息を合わせて頑張りたい」と臨んだ。後藤部長は「夏は翔青の野球部にも甲子園に絶対出てほしい」と笑顔を見せ、初めてのアルプス席での演奏を楽しんだようだった。 ……………………………………………………………………………………………………… ■青春譜 ◇堅守でリズム作る 江藤柊陽(しゅうや)遊撃手(3年) 両チーム無得点で迎えた九回表の守備で、1死から連続で打球が飛んできた。最初は短いバウンドを前に出て捕球。次は苦手だった三遊間の打球をうまくさばき、味方の攻撃につなげた。試合後は「練習通りの守備ができた」と充実の笑顔を見せた。 別府市出身で、小学1年で野球を始めた。学年で最も小柄だったが、俊足と守備力を買われ、3年から遊撃手で試合に出場するようになった。 小学生の時から明豊の試合を見に行き、夢は「明豊で甲子園に出ること」。このため、付属中である明豊中軟式野球部に入部したが、当時の監督から「(高校で)レギュラーを狙うなら進学先のレベルを落とした方が良い」と言われた。 しかし、あきらめるつもりはなかった。目立つプレーはできないと割り切り、高校入学後は毎日2時間以上、自主練習に励んだ。着実に力を付け、2年から試合に出場。初戦でサヨナラ負けした昨夏の甲子園でもベンチ入りし、大舞台で勝つ難しさを体験した。 遊撃手で出場する今大会は「守備でミスなく、チームに貢献する」と決意。四回から交代出場した初戦は、安定感ある守備でチームに落ち着きをもたらした。次戦に向けては「簡単に勝てない。ノーエラーの守備でリズムを作りたい」と話し、再び目立たぬプレーに徹することを誓った。【神山恵】