「若者です。」で始まった一つの投稿から教えてもらった金融教育で一番重要なこと 田内学
物価高や円安、金利など、刻々と変わる私たちの経済環境。この連載では、お金に縛られすぎず、日々の暮らしの“味方”になれるような、経済の新たな“見方”を示します。 AERA 2024年11月11日号より。 【写真】田内学さんはこちら * * * ユーチューブのコメント欄で、教育に一番重要なことを教えてもらった。「若者です。」から始まるその投稿を見たのはしばらく前のことなのだが、講演につかう資料を作りながらその重要性を改めて実感した。 今回、僕が基調講演を依頼されたのは、J-FLEC(金融経済教育推進機構)が主催する金融教育イベントだった。J-FLECは、今年発足したばかりの官民一体で金融教育を推進する団体の略称だ。金融教育とは、「お金や金融の仕組みを理解し、それを通じて自分の生活や社会全体の在り方を考える力を育む教育」とされている。つまり、個人の生活だけでなく、社会全体についても考える力を養うことが目的だ。 2022年からは高校でも金融教育が必修となり、カリキュラムも新しくなった。家庭科では「自分の生活」の視点から、社会科では「社会全体」の視点からお金について学ぶようになったのだ。 このように本来は幅広い範囲をカバーしている金融教育なのだが、実際には「自分のお金をどう増やすか」という部分ばかりに焦点が当てられている。 特に資産形成や金融商品の知識ばかりが強調され、この偏りは問題だと以前のコラムでも指摘した。J-FLECには全国銀行協会や日本証券業協会も参加しているので、金融商品を売り込む方向に偏らないか心配していた。しかし、実際に話をしてみると、むしろ銀行や証券会社の関係者たちが「金融教育=資産形成の勉強」という誤解を避けたいと考えていることが分かり、安心した。
僕自身、メディアで金融教育について話す際には、社会全体の問題にどう向き合うかを中心に話している。たとえば、老後資金の話題では、「2千万円をどうやって貯めるか」という個人の資産形成に焦点が当たりがちだが、将来の労働力人口の減少こそが本質的な問題だ。いくらお金を貯めても、人手が不足すれば介護サービスなどを受けることが難しくなる。 お金は生活を支えるためのツールに過ぎず、それ自体が解決策ではない。少子化対策や技術革新による効率化など、社会全体の仕組みを改善する必要がある。 この話をユーチューブで発信したとき、さまざまなコメントが寄せられた。賛同の声も多かったのだが、同時に「そんな難しい話より、資産形成に取り組めばいいんだよ」という意見もあったりする。もちろん、個人の資産形成が重要であることは理解しているが、社会全体の課題とバランスを取ることも必要だ。 そうしたさまざまなコメントの中で最も印象的だったのが、冒頭で触れたコメントだった。「若者です。頑張ります。日本の未来は僕たちが変えます。」このメッセージには、桁違いに多くの「いいね」がつき、圧倒的な支持を受けていた。金融教育は日本ではまだ始まったばかりだが、「何を教えるか」だけでなく、「どういう人を育てるか」を忘れてはならない。そして、「いいね」が多くついた事実は、生徒たちにとっても「自分のお金のため」だけでなく、「未来の社会のため」に行動した方が、協力者が現れやすいことを示している。 若い人には、閉塞感のある日本の未来をぜひ変えてもらいたい。 ※AERA 2024年11月11日号
田内学