音楽好きにすすめたい、ちょっといいヘッドホンとDACの組み合わせ SONY『MDR-1AM2』+Astell&Kern『AK HC2』長期レビュー
発売当時から『AirPods Pro』を使っている。iPhoneやMacと組み合わせると非常に便利で、ノイズキャンセリングの性能も優秀だ。初代iPod(Macでしか使えないFireWire 400直差しのやつだ)に付属していたイヤホンから数えると、この20年ほどApple製のイヤホンで音楽を聴き続けていることになるが、その性能向上には感嘆するばかり。ただ、情勢や個人的な状況の変化を鑑みて、久々に昨年ヘッドホンを購入した。 【画像】筆者が実際に購入したヘッドホン、SONY『MDR-1AM2』 情勢の変化というのはまず一つに「Apple Musicがロスレス・ハイレゾ音源の配信を開始した」というのがある。ざっくりいうとロスレスというのはCD同等、ハイレゾというのはCD以上の高解像度な音質を指すもので、そしてこのいずれもAirPods Proでは鳴らせない。というのも、iPhoneとAirPods Proを接続するBluetoothの仕様の都合で、両者間でロスレス・ハイレゾをそのままの情報量では伝送できないのだ。 「じゃあどうすればロスレス・ハイレゾを聴けるのか?」というと、簡単に解決するならばiPhoneのUSB・Lightning端子にイヤホン・ヘッドホンを刺せばいい。Apple純正でUSB-CやLightningから3.5mmジャックに変換するアダプターが売っており、これを使えばBluetooth以上の情報量で音楽を伝送できるので、ロスレス・ハイレゾも再生できる。 もっとも、これは“ざっくりした理論の話”で、実際にはイヤホンやアンプ、インターフェイスの品質などで音質はいかようにも変わってしまうため、上記のアダプターを繋げば“即・最高の音楽体験が実現!”というわけにはいかないのだが、ひとまずロスレス・ハイレゾの伝送は可能になる。 そしてもうひとつの変化として「iPhone 15に買い替えた」というのがある。AppleはiPhone 15でLightning端子を撤廃し、インターフェイスをUSB-Cに置き換えた。これにより汎用的なアクセサリーを接続しやすくなったのだ。この二つの変化を持って、「有線でちょっといいヘッドホンで音楽を聴きたいなあ」という気持ちが俄然強くなり、ヘッドホンの購入に至った。 購入に際しては「ノイズキャンセリングがついていないこと」「順当に鳴らすクセの少ない機種であること」そして「サウンドが過度にモニター的ではないこと」を求めた。 ノイズキャンセリングは都会で生活する上でとても便利な機能だが「ノイキャンっぽい音」になってしまうのは避けられず、それを求める時はAirPods Proを使えばいいと思い、今回は候補から除外した。 イヤホンではなくヘッドホンを買おうと思ったのは「空間的な鳴り」が欲しかったからだが、とはいえ過度にドラマチックな味付けをされるのもあまり好みではなく、また手元にモニターヘッドホンにおけるデファクトスタンダードSONY『MDR-900ST』があるため、モニター的な鳴り(歌声が耳元に張り付くようなやつだ)も今回買うヘッドホンには求めていなかった。 この希望を満たすものを求めて幾つか試聴した(MDR-900STを持参して聴き比べた)のち、SONYの『MDR-1AM2』を購入した。 『MDR-1AM2』は2018年に発売されたSONYのヘッドホンで、すでに終売している機種だが今でも評価が高い。SONYが2012年に発売した『MDR-1R』をルーツに持つ「MDR-1」系のヘッドホンである。 ちなみに、現在SONYのポータブルヘッドホンはノイズキャンセリング・ワイヤレスの方向に舵を切っており、最新の『WH-1000XM5』はまさしくその方向で進化したSONY製ヘッドホンのフラッグシップだが、求めているヘッドホンとは逆の性格なので選択肢には入らなかった。筆者は有線でノイキャンのないヘッドホンが欲しかったのだ。 ノイキャンの無い有線のヘッドホンを使うのは久々で、めちゃくちゃ軽いので驚いた。ケーブルをヘッドホンの根元で着脱できる機構も気に入っている。着け心地も素晴らしい。 肝心の音質だが、とても良いと思う。出音や残響感にも変な味付けがなく、さまざまな楽器を正しい定位で良い塩梅で鳴らしてくれていると感じる。昨今のトレンドと対比すれば地味な音に分類されるのかもしれないが、そういうものを求めていたので大満足だ。 特に「圧縮音源」「ロスレス」「ハイレゾ」と3種類の音源を聴き比べたときには、はっきりとその違いがわかる。映像の言葉に言い換えるとSDRとHDRの違いを明確に感じられるという感覚で、一言で言えば「指標にできる音が鳴るちゃんとしたヘッドホン」だと思う。少しいいヘッドホンの購入を検討する人の「初めての一台」として素晴らしい選択肢になるだろう。また、モニター用のヘッドホンを持っている人が2台目に買うヘッドホンとしてもおすすめだ。 ■さらにもう一歩ステップアップ コスパに優れたDACAstell&Kern『AK HC2』を購入 さて、『MDR-1AM2』を『USB-C - 3.5 mmヘッドホンジャックアダプタ』に接続して音楽を聴くのもいいのだが、このセッティングで音楽を聴いている場合、まだ簡単に音質を向上できる“のびしろ”がある。それは『USB-C - 3.5 mmヘッドホンジャックアダプタ』よりも高性能な「USB DAC」を接続することだ。 「USB DAC」とはなにかというと、「オーディオインターフェイス」と言っても間違いではないし、業界によっては「DAコンバータ」などと呼ぶこともある。「Digital to Analog Converter」の略で、日本語にすると「デジタル・アナログ変換回路」のことだ。要は「デジタルの信号をアナログに変換する機構」のことで、音楽の世界だとCDプレイヤーにもスマートフォンにもMacにもこの「DAC」が入っており、ゼロとイチで記録された信号を音の波形に変換しているのだ。 つまりDACという機械は大体の「音楽を鳴らせるデジタルな機械」の中に標準的に備わっているのだが、標準搭載のDACは貧弱で音が悪かったり、情報量の多いデータに対応していなかったり(つまりハイレゾが聞けなかったり)する。なので、独立した機械として売っている製品を別途購入して、より良い音で音楽を聴いたりする文化がある。 ちなみに前述の「USB-C - 3.5 mmヘッドホンジャックアダプタ」にもDACのチップが入っており、24bit/48kHzまでのハイレゾ音源は再生できる。ただ、これよりもさらに多くのフォーマットのハイレゾ音源に対応した高性能なDACが欲しいと思い、選んだのはAstell&Kernの『AK HC2』。これは384kHz/32bit・DSD256に対応するDACで、これ1台と先述のヘッドホンを持っておけば一通りの高音質な音源を満足に鳴らせるはずだと購入に至った。 購入の決め手となったポイントをもうひとつお伝えすると、『AK HC2』は「4.4mm5極バランス端子」というジャックを備えていたことがある。同製品には一般的な3.5mmのステレオミニジャックが付いていないのだが、今回買ったヘッドホン『MDR-1AM2』には4極バランスケーブルが標準で付属していたのだ。購入の際には手元のヘッドホンで使えるかどうか、一度確認して欲しい。 『AK HC2』の音質は素晴らしく、初めて聴いた時には思わず笑ってしまった。左右の音の分離感や、特に48kHz以上のハイレゾ帯の音をしっかり鳴らしてくれる点が優秀だと感じた。小型DACの世界にはあまり詳しくないのだが、他者のレビューを見ていてもコストパフォーマンスに優れた一台であることは間違いなさそうだ。 ポータブルアンプやUSB DACの世界にさまざまな製品があることは10年ほど前から知ってはいたのだが、ここまで音質が向上するとは思っておらず、素直に驚いた。ヘッドホンとDACのセットを揃えるだけでこの音が手に入るのはうれしい。ロスレス・ハイレゾ音源へのアクセスのしやすさも考えると今は「最新音源をいい音で手元で聴ける」という状況になっており、この感動をぜひ体験して欲しいと思う。 ちなみに先日Astell&Kernが発表した最新機種『AK HC4』は過去製品のいいとこ取りをした決定版ともいえる内容の製品で「3.5mm/4.4mmのデュアル出力」に対応することから多くのヘッドホンで使えるほか、「UAC2.0/UAC1.0切替」の機能によりNintendo Switchなどで使うこともできる。『AK HC2』よりも高額だが、ぜひお勧めしたい1台だ。
白石倖介