syrup16g、peridots、tacicaの3バンドによるドラマー中畑大樹50歳の宴をレポート
こうして会場はトリのsyrup16gの出番を迎えたのである。五十嵐隆が「お待たせ!」と言って演奏を始めたのが、いきなり新曲。これが暗黒の淵から浮上するかのようなミディアムテンポの曲で、まさにこのバンドらしいナンバーだった。それから初期の楽曲「天才」ではバンドのプレイが苛烈さを重ねていく中、キメの箇所で中畑が両手のスティックを鋭く鳴らす瞬間が幾度も訪れる。熱い。 やがて曲間で、中畑が五十嵐に向けて、印象深いひとことを口にした。「たぶん、あなたと知り合って30年ぐらい経ちますけど。ずっとファンです」。フロアからは、この日一番の歓声! 五十嵐は照れ隠しなのか「フゥ~!」と返し、「たしかに今年の誕生日にLINEが来たのは、木下くん(ART-SCHOOLの木下理樹)と中畑くんだけだった」と言うと、またも会場が笑いに包まれる。それにしてもこういうことをお客さんの前で言えるところに、中畑の実直な人柄を感じる。このウソのない性格とともに彼は生きてきたんだろうと思った。 「(I can't) Change the world」以降は完全にこのバンドだけの爆音とダークネスが場を埋め尽くす。本編最後の「落堕」は中畑のタフなドラミングから入り、ベースのキタダマキが客席を煽る仕草を見せ、そこからバンドが渾然一体となっていく流れに、胸がいよいよ熱くなった。 こんなふうにライブが進むにつれ、中畑のホームはsyrup16gというバンドなのだという事実が強く感じられた。 peridotsとtacicaでの中畑は、本当にいいドラマーとしての姿を見せてくれた。彼が参加してきたバンドやアーティストを見ると、とくにボーカリストはどれも個性の強い人ばかりだが、そのそれぞれの歌の世界に寄り添い、ビートをしっかりと支える中畑はきっと頼れるプレイヤーであり、安心できる存在じゃないかと思う。彼もプロになって20何年かが経過していて、音楽的に幅のあるアーティストたちとこれだけの場数を踏んできただけに、ドラマーとしての引き出しも増えた。激しい演奏も、複雑な変拍子も、時にアドリブ的なメンバー同士の演奏も、当たり前に乗り切る力量の持ち主である。 しかしsyrup16gで演奏する中畑を見てあらためて感じたのは、中畑は何を差し置いてもこのバンドのドラマーで、五十嵐隆というひどく面倒くさく、先が何も読めない才能の、音楽での盟友であるということだ。言ってしまえばsyrup16gのギター・ロックはperidotsやtacicaと比べてもシンプルで、ストレートである。ただしそこでの中畑はバンドの一員というより、五十嵐が解き放つ感情の翻訳と拡散のための起爆剤の役割を果たしている。共に苦しみ、共に叫ぶ、syrup16gというバンドの完全なる一部分なのだ(その構図は、キタダのベースラインが不動の強さを貫いているからこそでもある)。ここで五十嵐の魂をすくい上げているのは、五十嵐の涙をぬぐっているのは、中畑のドラミングなのだ。 ライブは、冒頭で書いたとおりのアンコールを迎えた。今夜peridotsでキーボードを弾き、過去にはsyrup16gと仕事をしたこともある河野圭を招いてのスペシャルな編成で、中畑は「今日ぐらいじゃないとこんなわがまま言えないから、わがまま言ってみました」と彼を呼び込んだ。五十嵐は「何を隠そう、<リアル>はこの人が作りました」と紹介した。 すべての演奏を終えると、ステージの真ん中に歩み出畑のところにケーキが運ばれてくる。河野が鍵盤で「ハッピーバースデー」を弾き、客席みんなで合唱。 中畑は最後のあいさつをした。「今日お集まりのみなさん、ありがとうございます。あと、今日のイベントのために尽力してくださったスタッフの方々、ありがとうございます」。それから出演バンドのメンバー全員の名前をひとりずつ挙げて、「本当にありがとうございます」と言った。さらに現在参加しているVOLA&THE ORIENTAL MACHINE、杉本恭一、北出菜奈、チリヌルヲワカ、それにKode Talkersにも謝辞を述べた。長瀬智也から花が届いたことも。本当に実直だ。 「今日は3バンドだったけど、みなさんにとっていい一日になったらいいなと思います。ありがとうございます。今日がいい一日だったとしたら、それはみなさんがいたからです。気をつけて帰ってね! ほんとにありがとう」 幸せそうな笑顔を見せる。中畑大樹という魅力的なドラマーの、そして魅力的な人の、50歳を祝ったライブ。ひとりの実直なミュージシャンが生きる姿そのものを見るような、素敵な夜だった。 Text:青木優 <公演情報> 「中畑大樹50祭」 7月25日(木) Spotify O-EAST 【セットリスト】 ■peridots 1. 時間旅行 2. 真只中 3. エチュード 4. リアカー 5. 4×4 6. 100% 7. ライフワーク ■tacica 1. 鼈甲の手 2. アリゲーター 3. アロン 4. 新曲 5. ハイライト 6. 人鳥哀歌 7. アースコード ■syrup16g 1. 新曲 2. ソドシラソ 3. 天才 4. (I can't) Change the world 5. 正常 6. 希望 7. 落堕 En1. Everything is wonderful En2. Reborn <ライブ情報> ■syrup16g □「遅死11.02」 11月2日(土) 日比谷野外大音楽堂 開場16:45 / 開演17:30 ■tacica □「ROCK the ROCK!! 2024」 8月2日(金) 名古屋CLUB UPSET □「TIMELINE for ”HOMELAND 11 blues”」 8月31日(土) 梅田Shangri-La 9月1日(日) 名古屋ell.FITS ALL 9月7日(土) Veats Shibuya