「ステージ4の膵臓がん」父が沖縄で子に見せた姿とは?ー亡くなる13日前に敢行した7日間の大移動ー
ツアーナース(旅行看護師)と呼ばれる看護師たちの存在をご存じでしょうか? 「最後の旅行を楽しみたい」「病気の母を、近くに呼び寄せたい」など、さまざまな依頼を受け、旅行や移動に付き添うのがその仕事です。 2023年2月の上旬に敗血症性ショックを起こし、朦朧とした意識の中で、「最後に家族と沖縄に行きたい」と言い出した稲本秀俊さん。そんな父の思いを叶えるため、三姉妹の次女、稲本愛里さんの奮闘は続きます(前編はこちら)。 【写真で見る】「ステージ4の膵臓がん」患者の沖縄への旅行のリアル
■父は旅を楽しもうとしていた 出発当日の朝、自宅に介護タクシーが到着した。ツアーナースの細山理恵看護師もそこから付き添う。タクシーの運転手も手伝って、車いすの秀俊さんをタクシーに乗せる。 「旅が始まっちゃえば、細山さんもいるし、なんとかなると思っていました。それまでの準備期間がとにかく大変だったので」 そう愛里さんは笑う。 介護タクシーで、自宅最寄りの新横浜の駅に無事到着した。沖縄への旅行は2月末。まだまだ寒さが厳しい季節だ。新幹線の出発時間までは温かい軽食を食べ、体を温かくして過ごした。
細山看護師の説明。 「車いすに乗っていらっしゃる方は、立って歩く人より目線が低い。大勢が行き交う駅などで車いすを押すときは、利用者の目線を考慮しながら、不安のないように注意を払います。また、稲本さんは移動中もずっと複数の点滴を使っている状態なので、それらの様子も随時観察しながら付き添います」 愛里さんは、そうした細山看護師の姿を見て、「とっても心強かった」と振り返る。 「介護タクシーを降りたら、“ああ、大丈夫だった”。新幹線に乗り込んだら。“よし、これも大丈夫だった”って一つ一つクリアしていく感じでした」(愛里さん)
そんな愛里さんをはっとさせたのが、新幹線の乗り換えのために降りた鹿児島駅での秀俊さんの一言だった。「ちょっとお土産売り場が見たい」と秀俊さんが言った。 「お父さんは旅を楽しもうとしている。一瞬一瞬を大切な思い出にしようとしているんだということを感じたんです」(愛里さん) 泣きながら3日間で準備をし、当日を迎えた。愛里さんは、どこかで旅全体をミッションのように感じていたのかもしれない。「でも、そうじゃないんだ。これは家族旅行なんだ。楽しんでこそ本当なんだ」。父親の一言がそんな当たり前のことを思い出させてくれた。